流行語大賞とやらのリアル二刀流とかショータイムとか、私の周囲では誰も使ってなかった言葉ですし、リアルに大谷選手のことが大好きで毎試合彼の打撃成績、投手成績を気にしていたなんていう熱烈なファンを一人として見たことがありません。はしゃいでいるのはテレビの中の人だけ…いえ、私も大谷選手は凄いとは思うし嫌いではないんですが、もはや野球というものが世間的に興味の対象として大きくないですよね、実際。それより私としては親ガチャが流行語大賞ではないかと思います。あと、情報共有とか注意喚起って最近の会社員がよく使いますよね。その件は弊社で情報共有して、関係者に注意喚起しておきますって、何ですかソレは。あと、テレビでマイクを向けられた一般人が、「…って感じです」と言うのもよく聞きます。岸田首相もスピード感とよく言いますが、そこは「感」は要らないと思います。スピード感っていうことは実質的にはスピードはないということですからね。感じ、感、この辺が流行語大賞に相応しいように私は思います。でも大谷選手のリアル二刀流であり、ショータイムが流行語大賞って「感じ」なんですよね。
私の知る限り、毎日の食べるもの、着るものに困っているような日本人の貧困者は多いとは思えませんが、今の日本はコロナのせいで日々の暮らしがギリギリで、10万円を支給しないといけない人たちがいるそうです。そしてその人たちには子どもがいて、子育てにお金がかかってしょうがないそうです。政権与党曰く、それが喫緊の課題だそうですが、私が目にするガキどもは一丁前にスマホをいじったりして、私たち夫婦が好きな回転寿司店で一丁前にマグロを食べていたりします。日々の暮らしに汲々としている人がそんなに多くいるのか、信じがたいところです。大体岸田首相は貧困者がゼロの世の中を実現できると本気で思っているのでしょうか。それは資本主義ではなく共産主義に近いと私は思います。
コロナだ、オミクロン株だと言いますが、私の周囲では誰も本気で怖がっていないように思います。最近、私たち夫婦も時々外食したりしますが、テーブルに置いてあるアクリル板をどけてよいですかと店員さんに尋ねれば、快くどけてくれますし、私たち夫婦がそうやってコロナ対策を蔑ろにしたところで北九州市(人口94万)のコロナ感染者は毎日数人です。しかしながら、世の中はオミクロン株が怖いからと対策を強化する流れ、テレビの中の人はコロナは怖いものだと言い続けていますが、でも私の知り合いは誰一人コロナに感染していないし、コロナで命を落としていません。
日本中のみなさん、もうそろそろテレビを消してパソコンを閉じて、スマホから顔を上げて、目の前にただある初冬の風景を信じてみませんか。その風景はコロナ騒動前と何か違うでしょうか。そこはただみなさん一人一人が自由に生きていけばよいだけの世界、どんな言葉もウイルスもさほど流行っていないし誰もが困っているわけではない、寒いので風邪はひかないようにしたいですね…そんな気分で寒空を見上げれば、地球の磁場を感知しそれを頼りにしているという渡り鳥の群れが飛んでいます、という文学的表現を書きたくなる感じがしました。