先日我が家(賃貸マンション)の郵便受けに、管理会社からのチラシが入っており、隣接する(オンボロ)アパートの外壁が爆裂しこちらの敷地内に落下しているので注意、とのことです。…爆裂って、なんでしょうか。剥落というものですね、それは。鬼滅の刃で登場するキャラクターたちが使いそうな言葉だね、チラシを作るなら少し漢字を勉強した方が…なんて思いました。
鬼滅の刃、私は今しがた(今さら?)全23巻読み終わりました。映画(観てません)が昨年日本中で大流行したマンガですが、その映画になったのはマンガの7、8巻の話です。私の感覚ではいきなり7巻からの話を観て面白いのかなと思うんですが…登場人物の基本的な背景や巡り合わせが展開される1巻から読んでこそでは?映像が美しいなんて二の次三の次ではないでしょうか。原作がどんなに面白くたって2時間だけでは物足りない、名作マンガは1巻からマンガで読んでこそですよ。
鬼滅の刃を私なりに評しますと、このマンガはかつてヒットしたマンガのエッセンスをうまくミックスしてある、私が感じるに、進撃の巨人、黒子のバスケ、ジョジョの奇妙な冒険、ドラゴンボールあたりを思い出させます。登場人物たちの言葉、セリフがなかなか印象的で面白い、そうするとすなわち映画やアニメではなくマンガでじっくり読んだ方が良いと私は思います。1巻で冨岡義勇という登場人物が言った、生殺与奪の権を他人に握らせるな!というセリフは現代人へ作家からの強いメッセージです。人生、他人任せでいいのですか、作家はそう問いかけています。最後まで絵の拙さは残り、クライマックスを迎えるにつれ話の展開が荒くなった印象も残りましたが、マンガですからね。
マンガが子供向けというものだったのはもはや私(48歳)が子供だった頃の話(昔だって大人向けのものは沢山あるけど)、いまマンガの読者は大人の方が多いと思われますが、当然マンガの作家は大人、そうするとやはり作家から読者へのメッセージ性が強くなります。鬼滅の刃の悪役側のトップの振る舞いはパワハラオヤジっぽいですし、正義側のトップは理想の上司っぽいです。主人公の竈門炭治郎には現代人のあるべき姿が投影されています。家族、友人、仲間を大切にし、強くなるための努力と研鑽を怠りません。悪者に対してもなぜ悪くなったのかの事情に耳を傾けます…素晴らしいですね。さて、鬼滅の刃に熱狂したり感動したはずの日本人、 これからの人生は誠実に生きて行くんですよね?…イヤ、マンガは作り話だからそれはソレというなら私はがっかりです。日々の暮らしをこれまでいい加減に誤魔化しやり過ごしてきた、あるいは他人を騙したり貶(けな)したりいじめたりしながら生きてきた…としても、鬼滅の刃に心が動いたならこれからは改めて主人公の竈門炭治郎のような理想的人間を目指して生きて行きましょうよ、なんて思ったりします。鬼滅の刃の作家、吾峠呼世晴氏も読者にそれが言いたい、伝えたいのではないかと私は感じましたし、このマンガの本質的なところが現代日本人に支持されたのなら、日本の未来は暗くないかも、とまで書くとやや過大評価な気もしますが、機会があれば鬼滅の刃は映画よりマンガですよ、皆さん。