7月に自死を選んでしまった三浦春馬氏、これまで彼の出演する番組やドラマはほとんど見たことはありませんでしたが、世界はほしいモノにあふれてる、太陽の子、おカネの切れ目が恋のはじまり、の彼の出演番組3つを立て続けに見ました。…印象として、いかにも繊細で神経質そうな雰囲気ですが、色白で端正な顔立ちとスタイルの良い身体は俳優、テレビの中の人であることにあまりにも向いていますね。ただ、いつも笑うときにちょっとこわばっているような、それは事がことなだけにそう感じてしまうのでしょうけど、こういう雰囲気の人はなかなか本音らしい気持ちや言動を他者には見せてくれませんよね。周囲の人に気を使い、やさしい人だという評判は得るでしょうが、同時に周りの人に壁を感じさせていたかもしれません。まああくまでも私が見て感じたことですが。やさしさとは自分の感情や本音を隠しながら生きることなのか、でもそうやってある日限界を感じて自ら命を絶って周囲を惑わすのなら決してやさしくはない、むしろ身勝手、ワタシとの時間は、オレとの付き合いは何だったんだよと、残された人間が辛く、新たな悩みを生んでしまう…難しいものですね。やさしさというものについて考えています。
私は日々の仕事中、昼休みは事務所から徒歩8分くらいの家に食事をしに帰ることが多いのですが、4月頃からお弁当屋さんが毎日事務所に巡回販売しにきています。雨の日など家に帰るのが少々面倒な日、たまには弁当でも良いかと買ってみたら、中々美味しかったんです。しかし、8月頃だったか二日ほど販売にやって来ませんでした。妻(社長)が案じてメールを送ってみれば、人手が足りなくて回れませんでした、明日からまた伺いますとの返事、まあ回って来てくれても買わない日の方が多いんだし、いろんな会社事務所を巡回して弁当販売というやり方は難しいところですよね。路上で販売すれば良さそうですがそれも保健所などへの許可申請が必要だったりして難しいんでしょうかね。
さて、そんなお弁当屋さんとのやりとりがあったのち、弁当を買ってみたら…ご飯がなんか美味しくなくなった、日本人は白米の味にはどうしても敏感ですよね。改めて後日買ってみてもやはり米が…こうなるとますます買えません。それでも、そのお弁当屋さんは毎日やって来ます。気のせいか販売員さんも以前のハツラツさが無くなったように感じます。ちなみに当初の販売員さんはもう来なくなっていて違う人なんですが。
ご飯が美味しくなくなったからもう買わない、以前のお米に戻ったらまた買いますよとはっきり言って、もう回って来なくていいと本音を伝えた方が良いのか迷っています。本当のやさしさとは何か、迷います。美味しくなくても、私が我慢してたまには買ってあげるのがやさしさなのか、いや、それは嘘です。私たちをいつも悩ませるのはご飯の質を落とす権限のある人間、つまりは世の中を動かす力のある権力者です。権力者たちのお金儲けの追求が多くの人を悩ませ、偽りのやさしさを生んでいるのかもしれないとしたら、世界の未来のカギを握る権力者よちゃんとしなさい、そして三浦春馬氏も抗いがたい権力者に悩んでいたのだろうかと、思いました。