北九州市は朝晩すでに秋の気配、最高気温が30度を超えなくなってきました。熱中症が心配だと騒いだこの夏、過ぎてみればそこまででもなかったような気もします。…私の住んでいる賃貸マンションは片側2車線の広くて交通量もそこそこある通りに面していて、その道路を挟んで右斜め向かいにいまマンションを建設中です。年明けには完成予定で、15階ほぼ形はできたところでこれから外壁や内装を完成させていく段階です。我が家からの景色は少し悪くなってしまいました。そのマンション建設現場を涼しくなってきた先日の休日の朝、なんとなく見ていました。
その日の工事はミキサー車からマンション内部へコンクリートを流し込んでいました。マンションの正面にミキサー車が2台並んでコンクリートをまず桶へ入れるのですが、その2台の並ぶスペースは本来は歩道なので狭く、よくそこに2台入れたね、と思いました。そして片方のミキサー車がセメントを流し込み終えるとその狭い場所から出て行き、50mくらい離れた道路に待機していた別のミキサー車がやってくるのですが、バックで一度も切り返すことなく、スッとまたミキサー車が収まりました。そして運転手が自らまたコンクリートを流し込み、そうするとまた片方のミキサー車が流し込み終わって出て行き、また待機していた別のミキサー車がやってきて、バックでスッと…を午前中何度も繰り返していました。もちろんずっと見ていたわけではないんですが。
これが仕事というものだなぁと感じました。このミキサー車の入れ替わり立ち替わりには、現場の監督らしき人と交通整理の人も指示を出していて、その一連の流れに乱れる様子が全然なく、それができるのはそこに関わる人間がみなきちんとした技術を持っているからですよね。きちんとした技術がなくてもできることは仕事ではなく作業というのではないでしょうか。それからするとこの工事現場はまさに仕事、さてここに1人、ミキサー車の運転や扱いが下手な人が混じってしまったとします。そうしたら現場は混乱し、滞り、怒声が飛び交うでしょう。そこから場合によってはメンタルを病んだとか、パワハラだとかそんな妙な話に展開することもあるかもしれません。そんなことになれば周りのきちんと技術を身につけている人からしたらやり切れない話です。
本来、技術がおぼつかない人間に仕事をさせてはならないのでしょうが、私たち人間は全ての人間がきちんとできるわけではないのもまた事実というか現実です。菅首相が言う自助とは、できるようになる努力をまず40代くらいまでの若者にはしてほしいという意味だと私は受け取りました。それは正しいことですし、かつて民主党がコンクリートから人へというスローガンを掲げて公共工事を無駄の象徴としましたが、現代社会においてきちんと仕事をしている、自助ができているのはコンクリートを運ぶミキサー車の運転手だなと感じました。