競馬の話ですが、先日カフェファラオという競走馬が、まあ勝つだろうというレースで7着と惨敗しました。普通1番人気の馬のオッズは2倍から3倍くらい、つまり賭けたお金が2倍、3倍になるということなんですが、この日のカフェファラオのオッズはなんと1.1倍というもので、彼(?)はこれから競馬界ではスターホースになりうる逸材と見られていた、それなのにここで負けたというのは競馬ファンにとってはちょっとした驚きだった訳です。怪我とかしてなきゃいいんですが。…いま競馬は無観客で開催されていて、馬券はインターネットのみで販売されています。それにもかかわらずこの日のそのレースの売上額はこれまたなんと23億円で史上最高、それだけ競馬ファンは注目していたということですが、コロナのせいで各スポーツ、イベントが中止されたりすることで妙に競馬人気が高まっているということもあります。
しかし、というかやはり、というか。世間一般的にはまるで報じられないその競馬の話、まあそれが普通のことなんですが、でも競馬ファンの人数は1万2万ではなく、そこにある大きな深い興味関心の熱量というか、うまく言えませんが、そこには知る人ぞ知る熱狂が静かに広がっています。つまり、私たち競馬好きな人間は、こんなにも沢山の競馬ファンが注目している事があるのに、世間はまるで知らない世界があることを知っています。私たち競馬ファンには一大事であっても、世間は興味を持たない、いわば私たち競馬ファンは一般的な世間と競馬界という特殊空間を行ったり来たりしているんですよね。
世間には、この競馬以外にも私が知らない静かな熱狂が広がっている場所があるでしょう。私はそうあってほしいし、人間の責務はそういった場所を作ることではないかとすら思っています。人々が皆、一般的世間とは異なる自分だけの好きな世界を持っていればたぶん、悩みごとやストレスは軽減され、世界は平和になるはずです。なぜなら世間というものが良い意味で浅く軽いものに見えるからです。世間は知らないといけませんが、世間は気にし過ぎても良くないと私は思います。最近の世間を賑わせているように見える、お騒がせな芸能人、有名人、政治家、犯罪者…私たち競馬ファンから見れば、たった一度の人生なのにつまらないことに一生懸命になっているねぇ、ってところです。私たちは木下優樹菜のことより、カフェファラオの方が心配…ただ、競馬の世界から帰ってこられなくなった人をギャンブル依存性と言います。つまりはバランスが大事、それは人生全てにおいてそうですね。世間と競馬を行ったり来たり、それが大事です。木下優樹菜って誰?っていうことでは、それはそれで世間をうまく渡れないでしょうしね。