以前東京に住んでいたときにちょっと気になった話、東京23区全てがそうなのかは知りませんが、小学校区はあるけど区内であれば他学区の小学校に通えるという仕組み、私たち夫婦に子供がいないのでそれについてあまりよく知らないまま東京を離れましたが、東京あたりの小学校はやや歪(いびつ)な様相を呈していたようです。ひとつ例を挙げれば、3学期は私立中学受験が平日にあるために小学校に児童が一人や二人でなく来ない日があるとか、昭和時代に公立小学生だった私からしたら信じられません。
私は、学校というものは運と縁の集合だと思うんです。他人の評価や評判を気にしてあっちの学校の方が良いらしいと選んだところで、それが良い選択だったかなんてわからないものなんですから、小中学校くらいは最寄りの学校、つまり学区内(他学区の学校の方が近い場合もあるでしょうけど)の学校に通う方が面倒くさくないし何より自然だと思います(友達が近所にいないなんてね)。勉強ができる子できない子、身体の強い子弱い子、やんちゃな子、引っ込み思案な子、身体障害や知能障害がある子、いまの時代なら外国の子…さまざまな子供が集まることに意義があり、そんなクラスを大人の先生がまとめることが教育ではないかと私は考えます。勉強ができる子だけ集めれば良いクラス、良い学校ができると思う人を、バカと私は言ってやります。
自分の通う学校がどんなものか、全ては運と縁に委ねるしかないと考えることが、それが寛容とか、良い意味でのあきらめられる精神が身につくと思うんです。何ごともうまくいくに越したことはありませんが、子供の頃は色んな子がいる小学校で色んな経験をした方が、結局は大人になってから苦労に強くなれそうですし。そして教育に携わる大人は日本中どこの学校も良い状態にしようと努力をするべきですよね。それは理想論かもしれませんが、教育者が理想を追求しないなら、教育者とは一体何でしょう。
…そう考えると、コロナウイルスを前にしていま、学校はどうでしょうか。私は大人が会社や経済活動を止め続けるにせよ、小学校は再開していいと思います。私たち大人の1日と子供の1日は重みがまるで違うもの、コロナウイルスへの感染状況を見れば、子供たちを通常の小学校という環境に戻した方が良いです。もちろん、これまで通りではなく変えられるものは変えて、たとえば登校人数を減らしたり、授業内容を減らしたりすれば良いのではないでしょうか(歴史の貴族や大臣、武将の話なんかは大幅に削っていいでしょう)。勉強は好きな子だけがどんどんやれば良いことです。
小学校でのオンライン授業は私は全面的に反対です(パソコンに触れる授業はあった方が良いですが)。費用面やパソコン環境面を考えると困難ということもありますが、私は小学校の意義で大きいのは授業内容より体験だと思います。みんなの前で発表する、朗読する、黒板に字を書く、先生の話を黙って聞く、一般家庭にはないもの、顕微鏡とか跳び箱とかプールとかスポーツ用具とか、それらを経験できることです。オンライン授業なんて浅くはかなく、人間が薄っぺらくなること間違いないです。そして小学校で最も大事なことは、それは始業時間に間に合うように身支度をし食事を済ませ交通ルールを守り登校すること、私はそう思います。