私が子供の頃、夏休みに母の実家に遊びに行ったときのこと、私より4歳上の従兄弟がふとしたときに、他人が作ったおにぎりは気持ち悪いと言い、周囲の苦笑を誘いました。この従兄弟は頭の回転が速く運動神経も良く、決して悪人ではないけれど、ただ気質が難しいところがあり…結局というかやはり、現在も独身です。私は好きなタイプの人ですがね。たしかに友達の親のおにぎり、海苔や塩加減、具などへの違和感は私もありました。
それから数十年経ち、ある日テレビでバカリズムという芸人さんが、お笑い番組で披露したネタ、ある有名なメロディに乗せて即興で替え歌を作ってみせたのですが、♪〜他人(ひと)の親が握るおむすび〜…と、まさかの私の従兄弟と同じことを言うのですよ。つまりこの感覚は日本人には比較的共通していることであり、あとは表明するかどうかで、心情としてはわかるけど、普通の人は黙って食べるものです。それをはっきり言う従兄弟やバカリズム氏は自らの気持ちに素直なのかもしれません。
…つまり、人間は潜在的に他人を好きではない、コロナウイルスにはまさに人間のその本質的な性質をあぶり出しているようです。ウイルスの蔓延を防止するためと言いつつ、結局は嫌いな他人、つまり自分と異質もしくは無関係な他人を「この機会に」攻撃しているだけの人もいるように私には見えます。いつのまにか感染拡大防止に大事なことは楽しいことの自粛や遠出をやめることが肝心という話になり、日常的な活動は行なってもOKというおかしなことになってしまいました。大多数の人間に関わることはOK、少数の人間がやることはNG、そんな感じですね。感染拡大防止と言って取り組まれることのほとんどはポーズのようになっています。仕事、宅配便、物流、ゴミ収集などに伴う外出は止めないのに、自分が興味ないパチンコやサーフィンをやる人を責め、自分が行く予定がない沖縄へ行こうとする人を責めている…心情としてわからなくもないけどなんかご都合主義的、非科学的だと私は感じます。もはや日本中で全員が自粛するのはウイルス以外での悪影響が大き過ぎると私は思いますよ。死亡者数と死亡者の年齢層、分布をきちんと見てはどうでしょうか。新型コロナは治療が確立されてないから、というのは逆に科学や医療が万能だと信じ過ぎでしょう。
いま、自粛推進派の人は他人は嫌だという感覚を隠さない状況です。ならばこれ以上の自粛反対派の私もあえて他人を攻撃してみましょうか。…テレビのニュースを見ていて思うに、東京都知事の小池百合子氏を全国放送で取り上げ過ぎです。福岡県民の私が、なぜ都知事からステイホームだのなんだの言われないといけないのか、疑問です。小池氏は近く都知事選挙があり、再選を目指しています。他に強力な立候補者はいないでしょうが、いま目立っておけば選挙に有利という思惑のある小池氏が頑張るのは当然、小池氏の目論見は恐らく都知事選挙で大量得票して見せ、適当なところ(多分オリンピック後)で知事辞職、衆院選に適当な党を作り出馬当選、適当な理由を付けそのときの与党(多分自民党でしょう)入りし総裁の座です。小池氏の首相への執念は昔からですが、彼女は英語スローガンの標榜以上のことは多分できませんよ。…こんな風に批判する対象は個人より公人にしといた方が後々良いと思います。私たち個人は最終的には個人同士の助け合いで生き延びるもの、災害時や緊急時に他人が握るおむすびを嫌だなんて言ってられませんし、自粛を続けるにせよ、せめて個人攻撃はやめた方が良いと思うんです。