私が子供の頃、ファミコンが世に現れました。テレビゲームにはリセットボタンというものがあり、それを押すと最初からやり直せるのですが、以来、リセットという言葉も世に定着しましたよね。コロナウイルスで世界が動揺しているいま、神様がリセットボタンを半分くらい押しているような感じがします。
少し前、グレタさんという16歳くらいの女子(女性とはまだ呼びづらい面影です)が、経済最優先で地球環境のことを考えない人間ばかり、あなたたちは恥を知りなさい、といったことを国際会議で演説し賛否両論がありました。彼女に対して皮肉を言うのではありませんが、コロナウイルスによってはからずも経済最優先ではない世界がこんなにもあっという間に実現し、どうでしょうか、どうなるんでしょうか。私たち現代人が経済活動を放棄することで地球環境は確実に良くなるでしょう。環境の良い地球に不幸な人間が沢山、これはこれでなんだか良い感じではないという気がします。
とはいえ、一方で案外これで良いのかも、という気分も私はしています。人間のみなさん、なんか行き過ぎていたと思うんです。思いつくことをまず一つ挙げてみますと、競馬の話、サウジアラビアで先般行われた新しいレース、コロナウイルスが広まる少し前でしたが、1着賞金が日本円で11億ですよ。そして後日、1着になった競走馬が禁止薬物使用の疑いで揉めています。やはり11億はやり過ぎです。普通の人間が一生働いても到底及ばないお金を、たかが競馬でね、そして馬にドーピング、おかしいでしょう。
他にも色々ありますよね。あえてあと二つ行き過ぎなことを挙げれば転売とか、ふるさと納税とか。…それらはつまりお金が絡む話で、お金のためならなんでも、お金を払うからなんとしても、少しでも得をしたい損はしたくない等々、あたかもお金がありさえすればなんでも可能、そんな幻想に現代人はとらわれていたのかもしれません。でも皆、本音本心ではわかっていたはずです。お金があったって手に入らないものこそが大事で大切だということ、それは人間関係、家族、健康の維持とか、技術、知識教養、審美眼の習得とか、経験の積み重ねとか、伝統の保持とか、秩序、平和とか…そして私は時間がとくに大事だと思います。お金があればそれらがなくても世間を渡って行くことはできますが、寂しさや虚しさ、時間の経過からは逃げられないことでしょう。
コロナウイルスで世界はしばらく動揺を続けると思いますが、この苦境を人間が乗り越えられたら、私は人間が本当に大事な大切なものを追求する、お金の稼ぎ方もきちんと工夫する世の中になると信じています。元々、パワハラだセクハラだ、学校の先生は忙し過ぎだ観光地に外国人が集まり過ぎだ、ブラック企業だ癒着だ、都会は栄え地方は寂れ、振り返ればリセットしたいことばかりが話題になる世の中だったんだし、いま一度やり直すのも悪くないと私は思いますよ。思うに私が子供だった昭和50年代くらいが諸々ちょうどいい時代だったのかもしれません。