月別アーカイブ / 2022年01月

日本テレビの枡アナウンサーが退社し研究者になるとか、枡氏は鉄腕DASHというテレビ番組で海で遊ぶときの回に出演していました。私と同じで海の生き物が好きなようで、東京大学の大学院ではアサリの研究をしていたそうです。今後はまたアサリの研究もするのでしょうか。
アサリといえば、私は子供の頃を広島市で過ごしましたが、家から近い八幡(やはた)川の河口で春になると潮干狩りをしていました。アサリなどの貝が沢山獲れたことを懐かしく思いますが、今はアサリは獲れないらしく潮干狩りなどする人もいません、というか日本中でアサリを自由に獲れる河口なんてもはやあまりありませんよね。そんな場所には漁業権なるものが設定されており、海で遊べば密漁者扱いです。アサリすら自由に獲れなくなった現代日本、果たして私たちは進化しているのか退化しているのか、アナタはどう思いますか?
とはいえスーパーに行けばアサリは普通に売っていますが、よく見かけるのは熊本産のもの、それを買えば感じるのはあまり美味しくはないということ、その疑問の答えを先日報道特集というテレビ番組でやっていました。…今の日本のアサリの漁獲量は多い順に愛知、北海道、福岡、静岡、そして熊本と統計にありますが、なんせその漁獲量は減少の一途をたどっています。5位の熊本がスーパーの需要をまかなえるはずはないんですが、なのに私が東京に住んでいたときも北九州市小倉に住んでいる今もスーパーでアサリといえば熊本産です。そのからくりは、中国から輸入したアサリでも海に撒いて、しばらくしてから収穫すれば日本産と銘打ってOKなんだそうです。それを大々的に実行しているのが熊本、産地偽装と言って差し支えなさそうですが、これが今の日本のアサリです。
ここで皆さんに誤解してほしくないのは、中国産だから美味しくないということではありません。遠路はるばる運んで、異国の地にばら撒かれるから美味しくなくなるんです。食べ物は獲れた場所から運べば美味しさを減らす、これは必然です。ましてや、中国産だから危ないとか食あたりするということはありません。ただ問題は日本人が産地を偽っているというその一点です。
産地偽装の罪、まずは美味しい熊本産だとの嘘、そして愛知産など他産地のアサリを市場から排除してしまうこと(熊本産とされるアサリは安い)、そして私たち日本人がアサリの生息地をどんどん狭めた、つまり環境破壊をしてきた歴史を隠すということです。これだけスーパーで熊本産アサリがあるんなら日本ではアサリが獲れるという錯覚を起こしますよね。アサリの漁獲統計を見ればその減り方は顕著です。ただ、漁獲量の減少イコール生息量の減少ではなく、獲れるかどうかわからないアサリをわざわざ獲る漁師が減っているのではないかなとも思います。私の持っている魚介類図鑑によるとアサリは中々しぶとく、人工海浜なんかにも生息していることがあるらしいです。
このアサリの話で考えるのは、日本ではコロナの終息は難しいということです。中国のアサリを熊本産と偽る動機、そこには差別意識があるからです。中国産と表示すれば売れないという日本人の差別意識、差別とは非科学的なものです。コロナの対応に私たち日本人は科学的な根拠だとかワクチン接種の科学的な効果を求めようとしますが、アサリひとつとってみても科学的な現状はそこにはありません。枡氏は研究者になり科学的な話をみんなにわかりやすく説明する人になりたいとのこと、まずはアサリからどうですか、と私は思っています。

先日テレビをつけたら岸田首相が、国民の暮らしと命を守るとか、仰っていました。そんな漠然とした綺麗な話は誰にでも言える、具体的にどうするのかそろそろ言ってほしい、それは実は何にも言ってないに等しいんじゃないかなあと私は思いました。もし生活困窮者を経済的に助けたいという話であれば、私はそれは日本においては首相がするべき仕事ではないとも思うところです。資本主義で民主主義の日本ですから、経済的に貧富の差が生じてしまうのは必然、全員がお金持ちの状況にはなり得ないはずです。怠ければ貧乏が待っている、優秀は平凡に勝るという前提があるからこそ誰しも苦しくても頑張る、そんな世の中を脈々と作り上げてきた私たち日本人、ここに来て首相が優勝劣敗を是としないと言うならば、日本は混迷の時代に入ると私は思います。現代日本においては困窮者の救済、それは宗教家や篤志家、NPO法人や行政福祉部門の役割であり、首相は困窮者を救うのではなく貧困を生むような産業を規制したり外国と上手に付き合うのが本来の仕事、もしもいま社会主義国家への転換を目指すというならそうはっきりと標榜し選挙で公約を掲げるべきでしょう。
そんなことを考えながらいまの日本を眺めてみれば、金融機関は現金、とくに小銭を遣う人間を減らそうとしています。その詳細についてはここに説明は加えませんが、要するに小銭を銀行や郵便局に持って行って入金や振込をすれば手数料、店がお釣り用にお札を小銭に両替すれば手数料、そんな世の中になりました。クレジットカードを持っているような普通の社会人や消費者であれば最近は現金をさほど遣わないでしょうからさして気にならないでしょうけど、生活困窮者や高齢者は現金を遣うことが多いはず、小銭を郵便局で両替や貯金をしようとしたら手数料、彼ら困窮者にとっては1円でも惜しいですよね。岸田首相、アナタの出番ではないのでしょうか。なぜ日本銀行が発行したお金を遣うのに手数料がかかるのか、私はおかしいと思います。小銭を遣われると金融機関に労力がかかるということですが、それが金融機関の本来業務ですし、ならば芸能人を起用したCMやポスターなどは一切やめるべき、小銭を日銀が造る以上は両替業務をやるのが金融機関の勤め(務め)というものでしょう。銀行の存在意義が小さくなるであろう未来、困窮者や現金商売の自営業者切り捨てが正解とは私には思えませんが。
まあそんな私が憂(うれ)いても全く世の中になんの影響もないことはさておき、先日小倉競馬場に行く前日のこと、ふと我が家には小銭が沢山あることを思い出しました。今ほどクレジットカードを使っていなかった5〜10年前くらいに財布の小銭を貯金箱や空き缶に入れていたもの、数えてみたらなんと10円玉だけで900枚近く、他の硬貨を加えたら1万数千円になりました。…なかなかの重量感ですが、小分けにしてリュックで背負って小倉競馬場に持って行きましたよ(ちなみに1円5円は不可です)。コロナ以前なら馬券購入機でのんびりと小銭を使うのは憚られましたが、いま、競馬場は事前予約制なので空いていまして、使い切りましたよ、900枚。この小銭はどれだけの人の財布を行ったり来たりしたのやら、こんなお金はギャンブル向きなんでしょうね、この日は私の指名したお馬さん達がよく走りました(収支プラスです)。岸田首相や金融機関は煮え切らない様子ですが、貯まった(溜まった)小銭は競馬に使うなんてのは皆さんいかがでしょうか。

釣りが好きな私としては釣った魚は余程の小魚か毒魚(フグ)以外は持ち帰って食べます。テレビの釣り番組ではよくプロっぽい釣り人がありがとうなんて言いながら釣った魚をリリースしています。一応資源保護という名目で彼らプロ釣り人はそうしているようですが、本当はもはや釣り過ぎて食べ飽きたか、そもそも魚をさばいて料理することができない、魚を持って帰る準備(クーラーとか氷とか)が面倒くさい、そんな理由があり、ならば釣らなければいいのに、魚を釣り上げる快感だけ得たいというのは人間として何か欠けていると私は思います。すなわち魚を釣ることと食べることは本来セットですよね。現代日本、セットされるべきことがセットされているか、ちょっと考えてみました。
地球環境保護のためにゴミを減らそうと人類はときどき思い出したように言いますが、私が取り組んでいることがあるとすれば、食物を買いすぎない、買ったものはロスなく食べるということくらいです。私の家には電子レンジが無いので冷凍食品は買いません。ご飯も食べる分しか炊きませんし、そうそう、ご飯って冷やご飯が美味しいと思うんですよ。保温し続けたご飯やレンジで加熱したご飯って美味しくないと感じるんですけどね、私は。…電子レンジが無いので冷凍食品を食べない、すなわちそのぶんゴミは出ません。そして北九州市はゴミ袋が分別毎に4色あります。ゴミを減らそうって言ってゴミ袋の種類を増やすこの矛盾、ゴミ削減の為にはあらゆるものの生産量を減らすことが本来セットです。ゴミをリサイクルして何かを作るなんてのは何か間違っていると私は思います。
競馬が好きな私、今週末から私の家から20分くらいで行ける小倉競馬場でレースが開催されるのが楽しみです。以前東京に住んでいた頃、府中の東京競馬場でレース前に競走馬が馬場に入場するさまを間近に見られる所で競馬新聞を片手に見ていたら、横のあたりから新聞下げて!と私を注意する声、咄嗟に新聞を下げましたが、なんのことはない、馬の写真撮影が趣味の人が撮影の邪魔だと、こっちにしてみれば馬券を購入する前に馬の具合を見ているだけ、そっちこそ邪魔、競馬場は本来馬を見て馬券を買うのがセットなんですけどね。
さて、コロナがまた流行ってきました。私の実家がある広島市は山口の岩国基地が近いのでそこ由来で陽性者が増えているようです。広島市では公立の施設が休館したりしています。民間施設は通常営業だとか、ここにコロナ騒動の本質を私は見ます。結局、政治家や公務員は仕事を止めたって給料が減らない、だから率先してコロナ自粛に取り組みたがるんですよね。本来労働と報酬はセットなのに彼らはそうではありません。…私はコロナ対応をとくに都道府県知事がしゃしゃり出てくるのが妙だと思いますが、普段とくに何もしていない知事がなぜ権力を振りかざすような言動をするのやら、県民市民の行動を制限しようとするのなら、そこは減税がセットであるべきです。コロナ騒動が始まって2年、私たちが払った税金から国民に返ってきたのは1人あたり10万円(消費税の返還と思えなくもないけど)と変なマスクだけです。行政がコロナ自粛を進めたいのなら、それは消費税減税をセットにすると皆納得すると思うんですけどね。きちんとセットされた毎日は何かとスムーズになるはずと思いますよ。

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