月別アーカイブ / 2021年02月

9月から飼い始めたメダカ、半年が過ぎた今もリビングの出窓に置いてある水槽(丸いガラスの鉢)の中を元気に泳いでいます。壁面には苔が生えていてあまり美しくありませんが、メダカたちがそれをどう思っているかはわかりません。人間の目に美しい、汚い、そんなのはおそらくエゴです。生き物にとって何が快適か私たち人間にはわかりかねる、ただ夜になったら黒い布を被せています。水の見た目の美しさがメダカたちにとって良いかどうかはわからない、でも夜の時間は暗い方が良い、それは間違いないと思うんです。 
いま48歳の私が若かりし頃、流行っていたかどうか微妙ですが、メダカブスという女性を蔑(さげず)む言葉がありました。メダカは金魚以上に小さい、つまり金魚ですら掬いづらいのにメダカはもっと掬いづらい、メダカは掬いづらい→救いようがないくらいのブス、という意味です。酷い言葉を人間は思いつくものです。残酷な言葉を使うからといって人間は酷いものなのか、それはわかりません。では酷い言葉を使わないのが良い世の中なのか、それは美しくない水槽がメダカにとってどうなのかわからないのと同じです。世の中はよくわからないことで溢れていると私は思うんです。
唐突ながら皆さんは音楽を聴きますか?私は最近は仕事中に単調なデスクワークをする際にパソコンにダウンロードした音楽やユーチューブの動画で聴くことが多いのですが、木村カエラという多分皆さんも知っている女性歌手のアルバムの中にhappinessという曲があり、これがものすごく名曲だと私は思うんです。音楽の好みは人それぞれだと思いますが、やはり名の知れた歌手は皆必ず一曲は名曲と呼ばれる曲を持っています。彼女の場合、間違いなくhappiness、と私は思うんです。結婚披露宴定番ソングのButterflyが良い、とか言ってる人はちょっと単純ですかね、失礼ですみません。
…happinessの曲で木村カエラは日々小さなことで良いから幸せを感じよう、幸せを集めよう、そうしたら届くと思うの、と歌います。最終的な大きな幸せを手に入れるにはそれ、つまりは安直な生き方に走らずコツコツと頑張れ、と言っているようにも取れます。恋愛においてもそう、意中の人がいるならその彼に対して(もちろん誰に対しても)日々小さいことでも誠実に接すれば必ず大きな幸せが訪れる、大きく考えれば人の道を外さない生き方をしていれば人生には幸せが訪れる、そんなアナタを私は応援するよ、という至極真っ当なことをナイスメロディにのせて歌っていて、なんだかジーンとしてしまいます。ぜひパソコンやスマホで木村カエラ、ハピネスと検索してみてください。
…そんな名曲ですが、肝心の最後のフレーズではこう歌います。♪小さくても救いようがあるわ〜…彼女がメダカブスという言葉を知っているかどうかはわかりません。しかしながら私にはどうしても容姿に自信がない女性を励ましているように聞こえてしまいます。その真意は木村カエラ本人に聞いてみないとわかりませんが…。ただ、私は現代日本の女性は容姿にとらわれすぎ、日本人は女性を容姿で評価しすぎ、女性差別よりそのことが問題だと思います。ではhappinessとは何か、それも一概にはわかりませんが容姿にかかわるものではないはずですよね。

私が住む北九州市小倉北区の街中を流れる紫川、川を隔てて西側に比較的新しめのマンションが建ち並ぶエリアがあり、そこにはきちんと働いてお金を持っている人たちが家族で住む町であり、北九州らしさは良くも悪くも感じられないところです。そのエリアにはショッピングモールが二つあり、そのキレイなエリアの中だけで生活が完結しそうです。快適だけど毎日そこで暮らすのは味気なさそうにも私には思えます。…川の東側には猥雑な風俗街や雑然とした繁華街、古びた住宅や市場があります。端的に言ってキレイな西、汚い東です。このことを立場ある人が公の場で面白おかしく話したりするのはタブーです。紫川を挟んでそこにある差は真実であり町とはそういうものですが、そんな話は古今東西あるもので、先日森元首相がオリンピック組織委員の会長を辞めたのもまさにそのタブーに触れたからでしょう。公の場で女性は話が長いなんて馬鹿にしてはいけません。たとえ本当に話が長くなりがちな女性がいるとしてもです。
私が住んでいるところは紫川から10分ほど歩きますが東側、品のあるエリアではありませんが便利です。その昔、暴力団が殺人事件を起こした現場はいま私が住んでいるマンション(当時は建設前ですが)の目の前だったようです、なんて書くと刺激的に過ぎるでしょうか。でも真実は変えられませんから、仕方ありません。むしろその事件のおかげで便利さの割に家賃が安いのなら、私はそれでOKです。治安が良さそうなエリア、というイメージだけで家賃が割高なのとどっちが良いか、そこは人それぞれでしょうけど、私はイメージは気にしません。森氏は女性は話が長いというイメージにとらわれていた、そしてついそのことを話したくなってしまった、自分がオリンピック組織の要職であるにもかかわらず、それだけのことです。
森氏のそれは差別というより単なる悪口、それほど大した話ではないものの、コロナコロナのいま、オリンピックに対する拒否感がないまぜになり国民感情を逆なでしたのでしょうか。ただ、一般の方で森氏にそこまで怒っていたり興味がある人はさほどいないような気もします。後任に決まりかけ辞退した川淵氏もまた高齢者、老害だねと批判するならそれは女性は話が長いと同レベルの蔑視というものですが、言葉のアヤをアレコレ突っつき合うのはもういいですよね。
少し古いですが、ジョジョの奇妙な冒険というマンガがありまして。主人公承太郎(じょうたろう)の友人である黒人の少年が、レストランで他の客から差別的な扱いを受ける場面があり、そこで承太郎の祖母がこう一喝しました。『差別するしないは個人の思想(だから好きにすれば結構)、ただしいま私たちの友人が目の前で侮蔑された、そのことは許せない。承太郎、きっちり仕返ししてやりなさい』…セリフは少し違うと思いますがこんな意味合いの言葉でした。私は差別への対応はこのセリフで結論が出ていると思います。自分や仲間が差別されたなら怒ってその場で喧嘩すればいい、だけど全世界全人類から差別を無くそうなんて考えなくていい…つまり差別は善悪ではなくマナーや美意識に近いもので、すなわち森氏の言動はカッコ悪い、そんな人がトップでいいのか、でも日本の組織や会社のトップってそんな人も多いしそれもまた人間、何を今更と私は思わなくもないですし、カッコつけてばかりのトップってのも頼りなかったりつまらなかったりするもので、そこは紫川の東に住むか西に住むかの話に似ていますね。

1月31日の日曜日、北九州市議会議員選挙があった日ですが、私は午前中に投票は済ませて日中テレビで競馬中継を見ながら馬券をスマホで買っていました。その日の競馬は東京と中京、そして私の住んでいる小倉の三ヶ所で無観客開催されており、コロナでなければ小倉競馬場行ってただろうなとか思いながら馬券に取り組んでいました。
競馬というものは各競馬場1日12レースあり、11レースをメインレースとし、その日1番強いクラスの競走馬たちがその日1番高い賞金が出るレースを行います。その日の私、東京、中京、小倉三場ともなかなか良い予想をしながら馬券的中とはならず、いやあ悔しかったです。東京のメインレースなんて16頭中10番人気の馬から馬券を買いましてその馬は2着と激走、1番人気と2番人気の馬と組み合わせてさえいれば当たりなのにそうしておらずハズレ、馬鹿馬鹿、オレの馬鹿…予想上手の馬券下手なんて言いますが、その日はまさにそんな感じでしたね。
一方の北九州市議選挙は、私が投票した立候補者が小倉北区選挙区でトップ当選でした。小倉北区では18人立候補して11人当選する選挙だったのですが、競馬なら大的中です。…北九州市に住んで2年、知らない顔ばかりの市議候補たちからどうやって誰を選ぶか、私が頼りにしたのは郵便受けに入っていた選挙広報でした。選挙カーでの名前連呼は本当に意味ないと思いますけどね。…立候補者の皆さんの書いていることは大体似たり寄ったりなのですが、それにすら至らないいわゆる泡沫候補の方たちはさておき、既存政党の高齢者候補の皆さんは本当に同じような内容、コロナ対策、人口減少対策、暮らしやすいまちづくり…そんなのアナタたちには到底解決しうる問題ではない、70歳を過ぎた政治家は引退が世の中への貢献とすら私は思っていますよ。
さて、誰に投票するものか…私の目に止まったのは35歳の政党無所属の男性、北九州の進学高校の元教師で国立大学卒業とありました。私は政治家には職歴と学歴を求めます。無知無学無経験無教養な人に感情で政治をされるのは危ないと思います。35歳の彼はコロナについて触れていないのも私には好印象でした。私はコロナ対策で政治家に多くの権限を渡すものではないと考えますが、皆さんはいかがでしょうか。
…めでたくトップ当選を果たした彼、翌々日の地元ニュースでSNSやインターネットを駆使する選挙戦の様子が放送されていましたが、私が彼に投票を決めたのは紙の選挙広報の内容でした。案外世の中はまだアナログだよと彼に伝えたい、そして選挙なんて私にとっては競馬の馬券検討に比べるといい加減なもんだなぁと思ったのでした。…一応北九州市議選の結果について少し書くなら、投票率は40%で自民党が6議席減らしたことくらいですかね。

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