月別アーカイブ / 2020年03月

日本の経済、デフレということが言われて久しいですが、すなわち物価が安いまま上がらない、そうすると給料も上がらない、つまり日本国の国力が上がらないのが問題で、経済という観点では国際競争力が上がらないことがあくまでも心配という一つの大きなテーマがあるわけです。外国へ行ったりせず、外国人と仕事で競争したりしない一般庶民の感覚では物価が上がらない方が楽だと思うのが自然な話で、そうやって生活を目前の会計時の安さ優先でやり過ごしてきたのがここ30年くらいの日本ではないかと私は思います。私が京都市で大学生だった28年くらい前と、あんまり物価が変わった感じがないですし、バイトの時給も800円くらいでした。最近でこそアルバイト的仕事が人手不足で時給が上がっていましたけどね。(これからどうなることやら)
現実的には携帯電話やパソコンが普及し社会は大きく変化しましたが、物価や会社員の給料は大きく上がったとは言いがたい、そうするとどうなったかというと外国人観光客が増えました。つまり外国人からみて日本は社会の有り様の割に物価が安い、ということが言えます。もう少し正確に言えば日本は物価が安いと感じているのは①欧米、豪州、中国、韓国、台湾などで普通に働いている人(決してお金持ちというわけでない)であり、②日本に技能実習生という名称で働きに来ている外国人は日本は物価が高いと感じているはずです。つまり日本の国際競争力をランク付けするなら、①と②の間ということが言えます。もちろん、外国人からみて日本の雰囲気が好ましいから観光に行くということもあったでしょうけどね。(これからどうなることやら)
つまり物価が安いとか高いとかいうのは一面的には外国と比べて、という観点なのであり国内的には個人個人の懐具合によって違うものです。例えば政治家や有名芸能人、大手企業や官公庁の幹部の方々(全体から見れば少数)にしてみたら物価なんて安くて安くて我が世は春、そして一般庶民(国民の大多数)には野菜が最近安いわねぇ、東京って駐車場月極3万円もするの、といったことで物価を感じるものでしょうか。日本国民全員が物価が安いもしくは高いと一様に感じる状態は絶対にないはずで、それはつまり日本が資本主義社会だからです。その構造はギャンブルに似ていて、誰かの負けの上に勝ちがある、誰かより優れているからお金が発生する、反対に皆が皆充分に満足するという状況は作れない、それが資本主義でありました。(これからどうなることやら)
さて前置きが長くなりましたが、コロナウイルスによる社会不安、イコール皆がお金に対する不安を持つ社会ですが、この局面を打開するには日本銀行がお金をどんどん刷って政府が国民にお金をばらまき資本主義をいったんやめるしかありません。海外渡航が出来なくなるであろう今後、国際貿易も縮小し為替相場など意味をなさないのですから(外貨建て貯金とかが良いかも?)、日本円の価値が国際的に下がろうとも(そもそも円安だったし)まずは自国民、とくに労働者(申し訳ないですが年金生活者さんは…)にお金を早急にばらまき(会社にまずはお金を渡し従業員の給料を1.5倍にするとか、もちろん翌年の所得税アップは特例で無しにしないといけません)、皆の家賃や住宅ローン、生命保険料、NHK受信料(←最近再放送ばかりだし)などすぐには値上げのない費用の負担感を軽くするのが一番効果的だと私は思います。皆が一番心配なのは毎月支払わなければならない家賃など、これですよね。

私が子供の頃、ファミコンが世に現れました。テレビゲームにはリセットボタンというものがあり、それを押すと最初からやり直せるのですが、以来、リセットという言葉も世に定着しましたよね。コロナウイルスで世界が動揺しているいま、神様がリセットボタンを半分くらい押しているような感じがします。
少し前、グレタさんという16歳くらいの女子(女性とはまだ呼びづらい面影です)が、経済最優先で地球環境のことを考えない人間ばかり、あなたたちは恥を知りなさい、といったことを国際会議で演説し賛否両論がありました。彼女に対して皮肉を言うのではありませんが、コロナウイルスによってはからずも経済最優先ではない世界がこんなにもあっという間に実現し、どうでしょうか、どうなるんでしょうか。私たち現代人が経済活動を放棄することで地球環境は確実に良くなるでしょう。環境の良い地球に不幸な人間が沢山、これはこれでなんだか良い感じではないという気がします。
とはいえ、一方で案外これで良いのかも、という気分も私はしています。人間のみなさん、なんか行き過ぎていたと思うんです。思いつくことをまず一つ挙げてみますと、競馬の話、サウジアラビアで先般行われた新しいレース、コロナウイルスが広まる少し前でしたが、1着賞金が日本円で11億ですよ。そして後日、1着になった競走馬が禁止薬物使用の疑いで揉めています。やはり11億はやり過ぎです。普通の人間が一生働いても到底及ばないお金を、たかが競馬でね、そして馬にドーピング、おかしいでしょう。
他にも色々ありますよね。あえてあと二つ行き過ぎなことを挙げれば転売とか、ふるさと納税とか。…それらはつまりお金が絡む話で、お金のためならなんでも、お金を払うからなんとしても、少しでも得をしたい損はしたくない等々、あたかもお金がありさえすればなんでも可能、そんな幻想に現代人はとらわれていたのかもしれません。でも皆、本音本心ではわかっていたはずです。お金があったって手に入らないものこそが大事で大切だということ、それは人間関係、家族、健康の維持とか、技術、知識教養、審美眼の習得とか、経験の積み重ねとか、伝統の保持とか、秩序、平和とか…そして私は時間がとくに大事だと思います。お金があればそれらがなくても世間を渡って行くことはできますが、寂しさや虚しさ、時間の経過からは逃げられないことでしょう。
コロナウイルスで世界はしばらく動揺を続けると思いますが、この苦境を人間が乗り越えられたら、私は人間が本当に大事な大切なものを追求する、お金の稼ぎ方もきちんと工夫する世の中になると信じています。元々、パワハラだセクハラだ、学校の先生は忙し過ぎだ観光地に外国人が集まり過ぎだ、ブラック企業だ癒着だ、都会は栄え地方は寂れ、振り返ればリセットしたいことばかりが話題になる世の中だったんだし、いま一度やり直すのも悪くないと私は思いますよ。思うに私が子供だった昭和50年代くらいが諸々ちょうどいい時代だったのかもしれません。

コロナウイルスの感染が広まっていますが、ほとんどの会社や役所は通常勤務、新幹線も運行、荷物も流通しているのにスポーツ、イベント、学校などは休止・自粛という微妙な状況です。私の父方の実家(過疎的田舎)で今月末に15人程度で法事の予定でしたが、それすら中止になるという、そんなの交通事故死ゼロにするために車乗るの一切禁止っていうのと近いのでは…。個人的にはトイレットペーパーの欠乏が一番腹立たしく、私が生まれた昭和47年にも石油ショックでトイレットペーパーの買い占めがあったのは有名ですが、日本人の精神性はまるで変わっていないということでしょうか…これは精神性ではなく人間の本能的な行動なのかも、なんて考えたところでとにかく馬鹿馬鹿しいことには違いなく、妻(社長)の実家には余裕があるとのことでしたので、トイレットペーパーだけではありませんが、結局送ってもらいました。
同様にマスクも店頭から姿を消しました。私は花粉症気味なのでマスクをこの時期することもありますが、通勤は徒歩で8分くらいですし、会社に来客がさほどあるでなし、花粉症の薬は飲みますがマスクはしてない日の方が多いです。大体、マスクで本当に感染が防げるものなのか疑わしいですし、それならこまめな手洗いとうがい、きちんとした食事と睡眠、部屋の換気と掃除を心がけた方が良いと思うんですけどね。小倉の町では人々のマスク装着率は50%くらいです。東京だともはやマスクしてないと白眼視ってのは本当でしょうか?…私はマスクよりトイレットペーパーの欠品の方が重大な問題だと思います。トイレ行かない人はいませんし、コロナと関係ないですし。
そのマスクですが、そんなにウイルスに対して効果的であるならば、もはやそれは医療機器(?)だと思いませんか。医療機器とは販売者に制限があり、一般人が勝手に売ってはいけません。販売者は形式的ではあるものの、有料の講習を1日受け継続的に上納金的なお金をしかるべき機関に支払わなくてはならない仕組みが日本にはあります。なぜ私がそれを知っているかというと私自身がその講習を以前受けたことがあるからです。その仕組みの是非はこの際おいといて、医療機器扱いにして一般人の販売を禁止しては、と私は思います(ちょうど転売禁止の法律ができたとか)。形式的にでも法令違反ということにしておけばなんらかの措置が取れますしね。ちなみにその医療機器の販売者の認可はドラッグストアなら医療機器である血圧計とか体温計とか売ってますから通常取っているはずです。
さて、こんな状況の世の中ですが、いまきちんとやれる仕事をしておくことが大事だと思います。会社に行かなくてよい自宅待機になった、会社には行くけど営業外回りはしなくてよいことになった、だからといってただボーっとするのではなく、ここで出来る仕事や勉強をやっておくことが後々のためになるはず、そうしないと一度きりの人生がもったいないし、なんてちょっとポジティブなことを書いてみましたが、まあみなさん、ヒマなとき、徒然なるときは本や雑誌でも読みませんか?大抵の出版物はいかに世の中を正しく平和に生きるかを基本テーマとして書かれていますので精神安定に最適、いまこそ町を捨てよ書を読もう(寺山修司という作家の著作に「書を捨てよ町へ出よう」というのがありましてね)、出版関連業に身をおく私からの提案、とくに子供たちにこそです。

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