月別アーカイブ / 2019年02月

東京都文京区から北九州市小倉北区に引っ越しました。新居はこれまでより広く風呂も広いので、これまで東京ではシャワーばかりでしたが、今後は風呂にゆっくり浸かったりもするつもりです。
東京の家でシャワーを浴びる際、冬の朝はなかなかお湯が出てこないので、お湯が出るまでの水は2リットル入るペットボトルに溜めていました。お湯になるまでに出さなくてはならない水はおよそペットボトル一本半、3リットルです。その水は洗濯に使っていました。水道料金の節約になっていたかどうかはよくわかりませんでしたが、なんとなくもったいないのでそうしていました。こういう日常的なちょっとしたことで地球環境を良くしようとか言う人がいますよね。
よくある話ではスーパーのレジ袋、最近では喫茶店のストロー、それらをやめましょうとか、なぜか私たちは石油製品を廃棄することが地球環境に良くないと考えがちです(先日のチコちゃんによると、レジ袋の普及は女性のストッキングを破らないようにするためだったとか)。確かにビニールやプラスチック製品を海に直接捨てたら様々な悪影響や害があるでしょうけど、日本のようにゴミ収集システムがきちんと機能している国に住む私たちは捨て方を間違わなければ良いわけで、そこまでレジ袋の使用に罪悪感を持つ必要なくないですか?もちろんレジ袋自体が存在しなければ海に捨てられることもないですが、そういうのは極論というものでしょう。石油由来のレジ袋を沢山使えばその製造過程も環境に悪いことだと仰る方もいるのでしょうが、そんなこと言い出したらそれは近代文明社会の否定、何も出来ない世の中になりますよ。レジ袋は買い物したものを持って帰るという明確な役割があるものですから、必要なものはなくさないべき、それはスーパーの運営者が経費を減らしたいからとはっきり言うべきで、地球環境を守るとか言うのはおためごかしというものです。人間が何かをしたり作ったりすればそれすなわちなんらかの環境破壊・汚染につながるというもので、人間の存在自体が諸悪の根源です。ところで私は地球環境保護については日本人は正しい行動にひた走っていることを知っています(←チコちゃん風)。
それについては最後に書きますが、私が一番地球環境に悪いと思うことは、企業や法人がやっつけで仕事をすることです。たとえばきちんとマーケティングせずに店を開店して、半年くらいで閉店するとか、そこでは一体レジ袋何枚分の石油がムダに消費されるのか、誰か計算して発表してくれませんかね。不動産屋とかテナントのオーナーとか内装屋とかは店がコロコロ変われば儲かるでしょうけど、要するにお金儲け(商売)と環境保護は相反するものです。こうして考えると現代社会に生きて働く私たちは地球環境を良くする行動は無理なのでしょうか?
さあ、私が知っている答えを書きます。日本人はいま地球環境にはとても良い行動をしている真っ最中です。答えは、日本人は人口減少と都会へ一極集中してるから!(←チコちゃん風)…この二つです。人間の数が減り(←ゴミも減る)、人間の行動範囲が狭いことがどれだけ地球にとって優しいか、地球さんは日本人に感謝していると思いますよ。

今週末の引っ越しを控え、ダンボールに荷物を詰めていますが、押入れの中から私の中学、高校の卒業アルバムが出てきました。もう何年も開いていないけど、捨てられることもなくあり続けるんでしょうね。…よく犯罪者の顔写真が卒業アルバムからのものですが、同級生、そんなの提供するなよな、と思ったりします。
卒業式も近い季節です。日本の学校というものは卒業アルバムを作りますよね。その制作はある意味、出版です。制作過程はまさに編集作業そのものですが、学校の先生にお願いというか留意してほしいと思うことがあります。それは、◯◯な人トップ3とかのランキングを子供たちが作ったら、テーマ問わず掲載をやめさせてほしいということです。卒業アルバム制作においては著書が子供なら編集者は先生です。アルバムという形で一生残るものに間違いやおかしなところがないか、大人である先生が責任を持ってチェックすべきと私は思います。
少し古い話ですが、ある殺人事件の犯人が、卒業アルバムの中で「犯罪に手を染めそうな人」とか「自殺しそうな人」とか、子供が思いつきそうな残酷なランキング項目でトップにされていたとの記事を読みました。それを報道するのもどうかと思いましたが、すなわち、その犯人がいたクラスではイジメがあったことが明々白々であり、しかも先生すら加担していたのではないかと、そのランキングを見て思わされました。その忌まわしい卒業アルバムを犯人の同級生たちは今でも私のように保存しているのでしょうか?負の記録としてあまりにも重いですし、印刷をOKした先生たちの責任も重いと思います。果たして犯人だけが罪人なのか、考えさせられる事件でした。
ランキングというものは数字という絶対的なもので表されるもの以外は作ってはならないと私は思います。例えば、日本で人口の多い都道府県ランキング、それはあるべきものです。色々と使い道もあります。では作ってはならないランキングとはどんなものかというと、日本の都道府県の魅力度ランキング、といった類の客観性に乏しいものです。ちなみにある民間会社が実際にそれを作っているのですが、最下位がどこかというと…茨城県らしいです。ここでまともな大人ならそんなの鼻で笑うものですが、なんと茨城県庁のお役人の方々は魅力度アップの為に対策を立てる人員を配置しているとか…果たしてそんなことを県民の皆さんは望んでいるのでしょうか。根拠曖昧な魅力度とやらが最下位だからってその対策に税金を使うというその発想が魅力的でないことに気づいてほしいものですが、何せ人はランキングというものに惑わされやすいもの、ランキングを目にしたら私たちはその根拠と客観性を確認し、未熟な人や子供には作らせないようにしなくてはいけないと思います。

昨年もこの時期に同じような書き出しをしましたが、2月はプロ野球の各球団がユニフォームを着てチームとして公式に練習を始める季節です。彼らにとっての仕事が始まるわけですね。プロ野球に興味がない人にも興味を持ってもらえるような文章になればと思いますが、しばしお付き合いください。
名古屋に中日ドラゴンズという中日新聞が親企業の球団があります。ドラゴンズという名称は名古屋城の金のシャチホコが龍(ドラゴン)のように見えるからでしょうか。でもシャチホコは鯱(シャチ)ですしね…まあそれについては私はよく知らないのですが、その中日の今年の新人選手に根尾君(18歳)という選手がいます。昨年春夏の高校野球で甲子園を賑わせたスター選手で父親が医師で本人は勉強も得意で文武両道だったりとか、でも最近は野球に興味の無い人も少なくないので知らないという方もいるかもしれません。
さてその根尾君、新人選手ゆえ球団の寮に住みながらプロ野球選手としてのスタートを切るのですが、その入寮日のこと、マスコミ各社の報道によると、部屋にテレビは持ち込まない(←見ないらしいです)、読書が好きなのでヒマなときは本を読むとか、そして持ってきた本として渋沢栄一(←どんな若者なのでしょうか…)だとかの著作が紹介されていました。で、マスコミの報じ方や世間の反応としては、真面目な根尾君らしいといったところなのですが、ところで真面目って何でしょうか?現代日本において読書が好きとかテレビを見ないことは真面目なのか、むしろそれは真面目というよりプロ野球選手としてはダメなヤツ、かもしれません。真面目ってのは何かをするとかしないとかそういうことではなく、仕事や役割をきちんとすることであり、その意味からすると人気商売のプロ野球という世界に就職したのにテレビを見ない根尾君は私からみて不真面目だと思います。たとえば彼は新人選手なので最初のうちは試合に出られない二軍かもしれません。そうすると試合に出る一軍とは日々の行動は異なります。私が監督なら、一軍の試合はテレビで見るように言います。野球の内容もさることながら、一般人がどんな風にプロ野球の試合を見ているのか、先輩のプロ野球選手はマスコミにどう接するのかなどを知ることがプロ野球選手として生きていくのにマイナスになるわけもなく、テレビイコールくだらないなんて考えなら彼はプロ野球では大成しないんではないかな…ましてや、本なんて読み過ぎれば目が悪くなりますしね。洞察力のある彼ならテレビから得るものは多いはずです。
と、根尾君のことはさておき、私は日本で特に若者が「真面目」と呼ばれることを忌避するようになったのはいつ頃からかなあと考えます。それは真面目イコール面白みにかける冗談の通じない人間だと言われた気がするんでしょうね。本来は他人に流されないとか信念があるとか不正をしないとかいうのが真面目な人であり、そういう意味では根尾君は真面目なんでしょうが、プロ野球選手という職業については真面目に考えてほしいところです。そして単なる堅物(カタブツ)を真面目と呼ぶのはやめましょう。世の中を良くしているのはやっぱり真面目な人ですから。

↑このページのトップへ