月別アーカイブ / 2018年04月

セクハラを問われた財務省の事務次官の辞職が決まりましたね。被害者のテレビ朝日の女性記者が音声データを渡したのが週刊新潮でした。
なぜテレビ朝日は朝日新聞、週刊朝日、AERAなどのメディアと同じ系列の企業なのに、そこで記事にしなかったのか?という疑問も生じますが、そこに朝日グループの企業としての後ろ暗さを感じます。そしてなぜ週刊文春でなく週刊新潮なのかというと、週刊文春の読者ならピンときます。週刊誌がどこだったかなんてこの場合枝葉末節なことかもしれませんが。
以前、国民的5人組アイドルグループが解散しました。週刊文春はよくそのグループの所属する芸能事務所の記事を掲載し、そのアイドルグループの解散のきっかけを作ったなんてことも言われます。そしてそのグループのリーダー的存在だった彼が演じるボディガードが主役のドラマを放映していたのがテレビ朝日で、その際のテレビ朝日のこのドラマへの力の入れ方は尋常ならざるものがあり、ドラマが終わった直後の報道番組のメインキャスターがドラマについて話題にしたりしていました。
つまり、そのドラマの主役の彼が属する事務所と週刊文春とテレビ朝日の関係性からすると、テレビ朝日の記者である自分がその事務所の仇敵である週刊文春に特ダネ(=週刊誌がいつもより売れる)を渡すのはさすがにマズいと冷静に判断した、と私は思います。そしてその女性記者さんは、私が思うに相当したたかでやり手の、か弱き乙女とは対極的な人間のはずです。おそらく確かにセクハラもあったでしょうが、それで泣き寝入ることなくこれを利用してやる、そのくらいでないと記者職に採用されてないはず、いやセクハラはいけないんですがね。
今回の騒動について色んな意見が飛び交っていますが、私が最も共感したのは、もしドラの著書である岩崎夏海氏がラジオで言っていた、この現代にセクハラをする人は組織では出世したりしつつも世の中への感度が鈍い、適応性が低いという指摘です。たとえばそれに該当する人とは、もしドラの岩崎夏海氏、と聞いて何の事か意味が分からない人でしょうかね。
…と、こんなところで今回は終わろうと思ったら、その芸能事務所所属のアイドルが強制わいせつで書類送検との新しいニュースが今度は世間を賑わしそうです。財務省の元事務次官と麻生大臣がほくそ笑んでいるかもしれません。世間の目はこれで逸れると。ところで週刊新潮も週刊文春も、最新号は昨日発売で来週はゴールデンウィークで休み、このタイミングでのこの件の発表は編集部は悔しがってることでしょう。

私は競馬が好きで、野球観戦も好きで、もう一つ、釣りが好きです。ちなみに、関西ではそんなオジさんを、兵庫県のローカルテレビである、サンテレビと呼びます。なぜなら、その局は阪神タイガースと競馬と釣りをよく放送してるからです。サンテレビのHPをみると、おっ!サンテレビなんていうロゴを作ってますが、私が関西にいたころはまだそんなのはなかったですけどね。
そんなサンテレビな私ですが、妻(社長)が出張でいなかった先日金曜日の晩は東京ドームで野球観戦、土曜日は中山競馬場にて競馬に浸っておりました。どちらも独りでしたが、私には友人らしい友人というものはいませんし(45歳にもなってトモダチも何もないですが)、趣味って独りで出来るものの方が気楽で良いと私は思ったりもします。
趣味というもの、それは大人特有のものですよね。子どもに向かって趣味は何?と尋ねたりしないですし、趣味とは本来自分の稼いだお金でするものでしょう。ちなみに競馬においては未成年は馬券は買えないという決まりなのですが、競馬場では親に連れられた子どもが結構います。当然馬券の検討もしているようですが、私はそんなガキはロクな大人になれないと断言します。もちろん悪いのは親ですが。自分でお金を稼いでいないときに賭け事をして、仮に当たったとして子どもが得るものは何でしょうか。それは怠惰とか堕落とかを伴う幾ばくかの悪銭です。賭け事は大人が子どもには秘するべき楽しみであり、それがけじめというものです。私は子ども時代にどれだけ理想を追求したかが、大人になったときの生き方を決めると思います。子どものうちはお金は労働以外では手に入れられないと思っていた方が絶対に良いです。
…と、そんなことはさておき、私は自分の3つの趣味に耽っているときが本当に幸せです。弊社とみにんを自分で設立するまえの会社員時代もその趣味に耽っていましたが、趣味を終えて翌日からの仕事を思うと、それは本当に嫌で嫌で、趣味の時間とのコントラストがあまりに強く、なのでこれはイカンと自分で会社を作って平日を楽しくしたいと思った、それが独立の動機の一つです。
私、仕事もつまらないし趣味もないんです、という方がいたらそれは一度きりの人生が勿体ないです。ただ、無理矢理取り組む趣味ほどつまらないものもなく、また趣味に本気になり過ぎて贔屓のチームが勝てない、馬券が外れてばかり、釣れない、そんなときにストレスを感じては本末転倒ですよね。趣味とは本質的にはあってもなくても良いものかもしれません。
ただ私は、引き換えに会社員時代の金曜日の晩のえもいわれぬ高揚感は失いました。アメリカ発祥、Thank god it's fridays(神様ありがとう、金曜日だ)を略したTGIFRIDAYなんて名前のチェーン店もありますが、今の自分にはその気分はなくなったなあ、などと競馬場でのレースの合間、ぼんやり考える時間もなかなか良いものですよ。

私はお腹が緩いというか、下痢するわけではなくただ便通が人より多く、一日一回ではなんだか詰まっている気がして爽やかではありません。尾籠(びろう)な話から始めましたが、我が国の首相、安倍氏も以前病気でお腹が緩くなり総理大臣職を辞すこと止む無しの状態に陥りました。お腹が緩いもの同士、妙なシンパシーを感じないでもなかったのですが、安倍首相はもう1年以上身から出た錆をキレイに出来ずにいますよね。
私は政治家は絶対に身綺麗でなくてはならないとは考えませんが、ただ、その身を汚す理由は重要だと思います。安倍首相は二つの学園問題等にてその立場を危うくしていますが、その学園のやりたいこと、設立趣旨というか目的が私には首相が関わることではないように思えます。
関西弁の理事長が作りたかった小学校は、教育勅語を暗唱するような児童を育てることが目標の時代錯誤も甚だしいものです。愛媛の寂れた町に開校した大学は、獣医師の養成学校であり、ペットに無縁な私のような人間にはあまり用事のないものです。もしも今の日本のペットについて何か課題があるとすれば、ペットショップやペットの売買を大幅に規制する(減らす)こと及び不幸な境遇の犬猫を減らすことであり、獣医師を増やすことが最重要なことではないと私は思います。いや、私も動物は好きですがね。
…いまの日本では若者にとんでもない傑物が現れます。アメリカ大リーグでピッチャーとバッターを両方ともやってのけそうな大谷選手、冬季オリンピックで金メダルを二回続けて取った羽生選手、将棋の藤井棋士など、そんな彼らが活躍する時代に教育勅語は何か意味を持つでしょうか。いまの日本で対策が急がれるのはワンコ、ニャンコの医療ではなく人間の医療ではないでしょうか。首相であるなら、もっと付き合う相手を選ぶべき、首を突っ込む問題を選ぶべきだと思いますし、もっと大層な考えがあっての悪事を働いてほしかったと思います。所詮は自らの取り巻き連中に便宜を図っただけのこと、小物中の小物ではありませんか。首相ならその権力を以って歴史や地図に残るようなことをやってのけてみせてほしいんですがねえ。たとえば医療制度を改革するために日本中の医師会の会長や病院の理事長に賄賂を贈るとか、賛否両論、毀誉褒貶(きよほうへん)あろうと優等生のおぼっちゃまでは出来ないことをやるのが政治家ってもんでしょう。
政治家がときに法を犯し、道徳に悖(もと)ろうとも、国家国民の為に成し得たい大きな仕事があるのなら、私はそれは否定ばかりされるものではないと思います。ただ、今回安倍首相が推し進めたかったことにはそこまでの大義が感じられませんよね。いまの状況からしてたぶん日々お腹が痛いことでしょう。結局安倍氏は総理大臣になって国の為に何かやりたいことがあるのではなく総理大臣であり続けたいだけと言われても仕方ないでしょうね。

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