月別アーカイブ / 2018年01月

エンディングノートというものをご存知でしょうか。私も中身をつぶさに見たことはありませんが、書店に行けば終活コーナーなんて銘打ち、並べられていたりします。これから死にゆく人(←なんだそりゃ)の意思意向を書くものなのかなと思いますが、昨今は終活セミナーなんてものもあり、そこでノートの書き方も教えてもらえたりするようです。配偶者や子や孫に迷惑かけたくないということがその動機にもあるようですが、死んでしまえば全て終わりなんだから別にいいじゃないですか、なんて言っては怒られますかね。私にも年老いつつある両親がいますが、あんまり事細かに死ぬときの意思を表明されてもね、場合によっては軋轢や齟齬を生まないかと心配です。私はこれまでの人間がやらずに済んでたことを、さもやらなきゃいけないように言う人を懐疑的に見る性分でして、結局ノートが売りたいだけではないかなあと。
さて、いま在宅医療の推進がさかんに叫ばれています。財政的に逼迫する医療保険者を破綻させないためにです。医療保険者とは皆さんが医療機関にかかる際に出す保険証の発行元、健保組合などです。医療保険者は医療機関にかかる人が増えるほど財政が苦しくなるのは当然ですね。
その医療保険者を管轄する厚生労働省がいまの苦境を脱するために在宅医療を推進し医療費を圧縮しようとしているのですが、現代日本では、死ぬ人の7割が最期を病院で迎え、自宅で亡くなる人は1割ちょっとだそうです。老衰死まで病院で面倒みるから医療費が上がるということも言われています。その一方で内閣府の調査に目を向ければ国民の5割以上の人が自宅で最期を迎えたいということが明らかになりました。
…そこで、エンディングノートですよ。あなたはどこで死にたいか、そう問われれば大概は自宅で(安らかに家族に囲まれて)、と書くでしょう。国民は自宅で死にたいのだ!さあ在宅医療の推進だ!ついでに医療保険財政の健全化だ!…そんな厚生労働省の意気込みを感じるわけですが、世の中なかなか一筋縄では行きません。2040年には未婚の高齢者がこれまでの日本からすればかなり増えるという調査結果もあり(厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所)、そうすると死に場所なんて選択の余地がないですよね。現代日本がサザエさんやちびまる子ちゃんのような持ち家で三世代同居なら自宅での看取りも可能でしょうが、実際はそうではないケースも多いでしょう。大体、人間が死んだら事務的なことなどどうすればいいの?とかそんなことが病院ならスムーズにやってくれそうとの期待も現状ではあるんじゃないかなと思いますが。…厚生労働省の苦悩は続きそうですが、結局私たち現役世代の医療保険料の値上げと窓口負担増加ということになるんでしょう。保険である以上、使った人の保険料を上げればと思いますがそれも難しいことですね。
さて私の両親ですが、もしエンディングノートを書く暇があったら年末年始に帰省した際に話した、ゴールデンウィークは河口湖あたりでも旅行しようかとの話について考えておいてほしいですね。死ぬときのことをあれこれ考えながら生きるより、まずは今日一日を大切に生きてみませんか。そしたら健康になり病院にかかることも減るんじゃないですかね。私ならむしろ死ぬときだけ病院に世話になりたい、そうエンディングノートに書くかもしれません。

またしても週刊文春のスクープが世間を騒がせていますね。ここで何回か書きましたが私はもう10年と言わず毎週買って読んでいます。
もう不倫暴露はやめたら、という世間の声がありますが週刊文春が取り上げるテーマとしては基本的なことの一つですし、それは昔から変わりません。不倫だけでなく有名な人の怪しい行動は記事にされます。不誠実に生きている人には煙たい存在の雑誌でしょう。ここ数年で変わったのは週刊文春のネタを何のためらいもなく引用する各メディアです。自分たちの取材力が無いから、週刊文春のネタを取り上げて番組などを作るというお手軽メディアが増えましたね。ちなみに週刊朝日という朝日新聞の関連出版社が発行している雑誌は以前某府知事と記事内容で揉め、謝罪させられてそれ以来スキャンダル的記事を書くのをやめて、その存在感は無くなりました。まああとはインターネットの記事の提供元として週刊文春の存在が大きくなっていますね。
さて、不倫は悪か。悪でしょう。仕事さえすれば不倫したって何したって良いなんて、本気で言ってますか?異性交遊を楽しみたかったら結婚しないことです。バレなきゃいいじゃんと言いますが、バレたんだからダメですよ。引退宣言した彼に同情する人はおそらく良からぬことが自身に覚えあり、そうでしょう?
例えばですが、子どものイジメの原因、つまりイジメの加害者の子どもは、家庭環境に問題があることが少なくないのではと私は思います。その家庭環境の問題とはやはり両親の不和が一つにあるでしょう。それは不倫がもたらす負の面だということに異論のある人はいないですよね。不倫したって良いという世の中は、確実に不幸な子どもを増やします。悪である不倫を週刊文春が取り上げるのをやめたら、社会の箍(たが)を外すことになりかねないと、私は危惧します。たかがポップミュージックの天才を生かすために、人類普遍の理想を譲ってはいけません。
しかしながら、世間には配偶者が何したって良いという達観した夫婦の形もあるでしょう。それはそれで私はなるほどと思わなくもないですが、ならば、カッコイイことや理想や理念をそういう人たちには語ってほしくないですよね。歌では永遠に愛するだの君なしでは生きていけないとか言ってるクセに不倫するから話がおかしくなるわけで、妻が病気でもう魅力を感じないぜ、もう俺はろくでなしのダメだぁ〜…なんて歌っていれば私も少しは同情しますが、今回の彼はストレートにカッコつけた歌ばかりでしたもんね。芸術家とはカッコイイことを表現するのではなく、人間の感情や葛藤などを表現に滲ませるものだと私は解釈してますが。
何はともあれ、皆さんに週刊文春をきちんと買ってじっくり読んでほしいと私は思います。不倫暴露の記事ばかりだと食わず嫌いするにはもったいない雑誌ですけどね。毎週買ってる読者が目的にしてるのもそこではないですし。

年明けの三連休まで妻(社長)の実家でのんびりダラダラしていたのに、東京に戻るや平常以上に仕事に取り掛からなくてはならず、やはり体調を崩しました。これを書いてるいま、ようやく元に戻りつつあります。いやあ、今年大学受験だったらセンター試験受けられませんでしたよって実際は私大しか受験したことが無い親不孝者な私です。
さて、先日のセンター試験の地理でムーミンを用いた問題があれこれ物議を醸していますね。センター試験は受けたことない私ですが、地理学科卒業の私から見て、まあ珍問というか雑学クイズ、そんな感じに思います。北欧なら、もっと他に問題にすることがあるでしょうし、何せセンター試験ですからね。二次試験やそれこそ私大で出題されたというならまだしも…。そういえば私が学生の頃過ごした京都にはマンガ学部のある大学がありました。
試験の点数の一点差が合否を分けることが実際あるんですし、ムーミン間違えて不合格では受験生も浮かばれないでしょう。出題者にしてみれば暗記重視の勉強が悪とされる現代の風潮に悪ノリして、かつちょっと面白いでしょ、頭やわらかいでしょ、これが考える力だ若者よ、という気持ちだったんでしょうけど、これは地理の出題としては不適切です。一生懸命勉強して当日を迎える受験生に対して失礼というものです。
これを機に話題作りの為に奇をてらうのは、特に公的な機関には不必要だということが世に浸透すれば良いと思うんですけどね。話題にならなきゃいけない症候群が、いまの世の中に広まっているのかもしれません。

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