少し前のこと、京都アニメーションという会社が放火され大変な事件となってしまいました。日本の出版業界はアニメやマンガで大きくなった一面もありますが、昭和47年生まれの私が現代のアニメやマンガについて思うことを書きます。
京都アニメーションが制作していたアニメ、有名で人気もあった作品が多くあったようですが私は一つとして観た、読んだことがありません。なぜなら私には面白いとは思えないジャンルだからです。作風がどれも似てますし言ってしまうとロリコン趣味、細く綺麗なキャラクターがツルツルな世界をカン高い声で動き回る感じ、好きな人には申し訳ないですけど、私とは合わない、好みが違う、そんなところです。アニメ・マンガの本質は子供の心に残るかどうかだと思いますが、どこか大人向けのそれらはあくまでも傍流、主流ではないと私は考えます。火災被害に遭ったことはいたましいことですが、彼らの作品が日本のアニメの代表であるとまでは私は思えません。
私たちの世代が子供のころ一生懸命読んだマンガは、主にコロコロコミックと少年ジャンプ、女子ならなかよしとかりぼんとかです。ドラえもん、キャンディキャンディ、キン肉マン、北斗の拳、アラレちゃん、キャプテン翼などが連載されていました。現代のマンガと違ってあくまでも子供が読む前提なので、作画やストーリーに荒っぽいところがありましたが、メインテーマは様々ありつつ基本的には子供が素直に読みやすい内容でした。現代のマンガについては、私は悪趣味という言葉でも表せると感じます。人が生まれ変わったり食べられたり、食糧として育てられたりって、なんですか、それ。私たちの世代のマンガを読んできた大人が読めばなるほどね、という感想も持つかもしれないですが、いまの子供たちがマンガを読める歳になったころにまず触れるのがそんな屈折した内容では、子供たちは可哀想だと思ってしまいます。子供は残酷な光景や人が死んだり殺される描写を好む面がありますが、そこの興味を刺激しているだけで、当の子供本人が本質的に内容を理解して読んでいない、それが現代のアニメ・マンガだと私は思います。
…ちなみにその悪趣味と私が断じるマンガですが、転生したらスライムだった件、進撃の巨人、約束のネバーランド、という作品です。いずれも私の甥、姪たちが一時一生懸命読んでいましたしかなり売れたはずですが、甥、姪はいまや飽きて読んでいません。作品が間延びして話の収拾がつかなくなってきたのではないかなと思います。それらがあと30年後に今の子供たちに感慨を持って思い出されるとは到底思えない、そこが作品としての欠点であり、悪趣味という評価を下す理由です。
と、あれやこれや書きましたが、私はこういった世代間の違いについて考えるとき、必ず江戸時代とかの昔の人のことも考えるようにしています。江戸時代の人たちから見れば昭和と令和のマンガの違いなど知ったことではない、すなわち人間の歴史にとってマンガの存在なんてほんの一瞬、私たちの世代のマンガは良かったというノスタルジーに私が浸っているだけの話なんですよね。ただ私は現代のアニメ・マンガは純粋に子供向けのものが少ないと思う、まあそもそも子供がマンガを読まなくなってるから仕方ないんですけどね。