5月の最終の週末、妻(社長)の弟(福岡県大川市在住)の次女(6年生)の運動会を見てきました。
自分の子供が出ない運動会なんて面白かった?と尋ねられたら、案外面白かったですよと答えます。私に子供がいないからこそ、現代の運動会に興味もありましたしね。…ところが運動会前日のこと、熱中症が心配される天気予報と大気中の有害物質が増えているとのことで、明日の運動会は午前中で終わるように進行プログラムを変更する、昼食は運動会終了後に各家庭の判断でグラウンドで食べても可、食べずに帰っても可、との連絡がメールにて各家庭に来ました。
熱中症の心配を避けるべく5月の開催にしているのにその5月に暑い日が巡ってくるという、人間の思惑は神の見えざる力で翻弄されるものだなあと感じさせられましたが、当の小学6年生の姪は最後の運動会に向け前日も友達とダンスの練習してましたし、お弁当作りに気合を毎年入れている祖母(妻の母)はどうしたものかと困惑、その一方で家庭によっては面倒な学校行事が短くなってお弁当作りもしなくてよくなってラッキーと思ったかもしれません。
当日、たしかに季節外れと言えるかもしれない暑い日となり、運動会は競技を一部省略したりしながら午前中で終わりました。それなのに校長先生の閉会の挨拶は予定調和な感じの、皆さんの頑張りと団結に感動をもらいましたとかなんとか、たしかに子供たちが一生懸命に走る姿は感動的かもしれませんでしたが、ここはこの日の状況を鑑みて、暑いので運動会が短くなってしまってつまんなかったね、とかもう少し子供たちの気持ちを汲んであげたらいいのに…と思いました。なんとなく大人たちが面倒を避けている、やらないことが結局一番安全だという消極的な大人優先の態度を感じたのですが、福岡県大川市という地域性、それは運動会の保護者の観覧席が町内会で区分けされ、目玉競技は児童が所属する町内会でチーム分けされて競うリレーということからもわかるように、ここでの運動会は地域の行事という意味合いもあります。今年、運動会が午前中で終えられたからといって、来年から天気に関係なく運動会を午前中で終わるものに変えることが無ければ良いけれど、と外野の私は思いました。
さて、午前中で運動会が終わった日の晩、テレビではドラマ、白い巨塔の最終回でした。私は今回初めてこのドラマを観ましたが、過去にも何回かドラマ化されている名作で、それらと比べて令和版の評価は今ひとつだったようです。私の感想としては展開が早すぎる、本来ならもう少し丁寧に描くべき場面が駆け足かな、と思いました。ただ、俳優の皆さんは演技の巧拙はさておき一生懸命やっているように私の目には映りました。このドラマの不評の一原因はやはりたった五日間で終わらせるたこと、つまり短縮しすぎたからではないでしょうか。
運動会やドラマに限らず物事はせっかちで面倒くさがりな現代人に合わせて簡素簡略化されがちになる、これが令和という時代かもしれません。…インスタントラーメンが人々の心を揺さぶったりはしないように、インスタントな運動会やドラマでは現代人が欲してやまない感動は得づらくなり、知恵を働かせ工夫する人間が育たないように私は思います。