ふぇのたす解散から1年と8ヶ月が経ちました。

長かったのか早かったのか私にはよく分かりません。

今日は、ずっと話したい気持ちはあったけど、自分の中で整理がつかなくて、答えが出せなくて、どこにも発信できなかったことをここに書きます。


みきひこくんが居なくなってからは、今年で2年が経ちました。インタビューでこのことについて聞かれることはなかったり、この間、ラジオでコムアイちゃんが話を切り出してくれた時もあまり上手く話せなかったりと、ずっとみんなと話せないままでいる自分に、どこかうしろめたさや、みんなに隠し事をしているような、そんな気持ちをこれまでずっと抱えていました。

実は、コムちゃんはニュースが出て一番に私にメールを送ってきてくれた相手でした。
きっと声をかけずらかったであろうその時の私に、声を掛けてくれたコムちゃんにとても救われたのを覚えています。


もしかしたら、私が話したいというよりも、ふぇのたすを応援してくれていたみんなの気持ちをちゃんと聞いてあげられないまま、ここまで来てしまったことに対してのフラストレーションの方が大きかったかもしれません。きっと私が話さないとみんなも話せないんだろうなぁとずっと申し訳なく感じていました。私が引っ張っていかなきゃいけないはずなのに、どう考えればいいのかずっと答えが出せず、引け目を感じていました。


SNSにこういうことはあまり書きたくない、という自分のポリシーもあり、かといって他に話せる場所もなく、何も発信しない私は、時に、みんなの目に、そのことをとても切り離しているように映ることもあったかもしれません。

でもそういう訳ではなく、ずっと想っていたし、考えない日は一日もなかったけれど、どうしてもSNSに書くと軽くなってしまう感じがして、書きたくなかったんです。


でも最近、インタビューなどで言えなかったことや削られてしまったことをこのブログに書くようにしていて、この場所が自分にとって少しずつ居心地のいい場所になってきて、この場所でなら伝えてもいいかもしれないと思えたし、2nd E.P.を出してまた一歩進んでしまう前にどうしてもみんなに話しておきたいと思いました。


正直、 私は彼が居なくなったことを理解できませんでした。初めて身近な人を亡くしたのは中学生の頃、母方の祖母が亡くなったときなのですが、その時も私は同じ感覚に陥りました。

強がりで、人と同じ弱音を吐きたくなくて、誰でも言いそうなことを言いたくない。そんな性格が邪魔をして、素直に悲しむことも上手にできませんでした。


みきひこくんが居なくなってから、バンドが生活の90%を締めていた私の周りの環境は急激に変わっていきました。

いきなりの活動休止。私の生活はぴたりと止まりました。

家に引きこもる毎日の中で、自分の身に起こるにはあまりにも壮絶すぎたその物事を、なんだか、半分ひとごとのようにぼーっと考えては消化できないままでいました。

このままバンドを続けるのか、解散するのか、そんな話し合いも行われていました。

周りのスタッフの皆さんは、二人が続けたいなら応援すると言ってくれて、私達がふぇのたすという名前のまま音楽活動を続けることでみきひこくんの存在が少しでも多くの人に知ってもらえるなら・・・と、続けることを決心し、再始動ライブを決めて、そこに向けて準備を始めました。

でも、準備をしていく中で、"ふぇのたす"は3人で"ふぇのたす"だったんだとどんどん思い知らされていきました。

やっぱり、2人で"ふぇのたす"として活動はできない・・・それが準備をしていく中で私が出した答えでした。

再始動ライブで解散発表をするという、ファンのみんなを振り回してしまうような形になってしまったこと、すごく申し訳なく思っています。

でも、あれは、準備をしてみて初めてわかったことだったんです。

どうか、許してください。


当時、プライベートで仲がよかった人たちも大体はバンドを通して知り合った人たちで、その人たちとの関係性もそれぞれ色んな風に変わっていきました。

素直に本音を言えば本当に辛かったことが無かったと言ったら嘘になるけど、それでも私は立ち止まっていたくなくて、強がってしまったがばっかりに、後になって弱音を吐けなくてバランスが崩れたことも沢山ありました。


今でもやっぱり、彼が居なくなったとは思えません。でも、それは、本当にそうなのかもしれないと最近は思うようになりました。色んな場所で彼の存在を感じるし、彼が居てくれたから私は今ここに居るし、私もいつかは同じ場所に行くし、必ずまた会うときが来ると思うから。 

頭の中で、はっきりとした言葉になったのは最近だけど、そんな考えが根底にあったから、ずっと、居なくなったと思えなかったのかもしれません。


 そこから、過ぎてゆく時間の大切さを、私はいつも以上に身に染みて暮らすようになりました。大切にしていた、とっても楽しかった、もう戻ってこない時間たちを閉じ込めたくて、歌詞にすることにしました。歌を歌って生きていくことは私にとって、もう夢ではありません。どんな形でも私は死ぬまで歌ってると思うから。ここからまた、どんどん過ぎてゆく掛け替えの無い時間たちの中で、このブログを読んでくださっているあなたと少しでも同じ時間を共有できるのなら嬉しいなと思います。こんな私を全部知ってくれているあなたに歌を聴いてもらえることは本当に幸せだと思うから。 


解散から今まで、私はこんな事を考えて歩いてきました。沢山心配してくれた人も居たのに、今までずっと話せてなくて本当にごめんなさい。すごくすごく時間がかかってしまったけど、やっとどんな気持ちだったのか、伝えられるようになって、ここに書けて本当に良かったです。最後まで読んでくれてありがとう。そして、もし、まだどこにもやりきれない気持ちを抱えている人がいたら、リプライでも、お手紙でも、私に投げかけてください。聞くことしかできないけど、私がここに想いを綴ることで何かが変わったような気持ちになれているように、もしかしたら、何かが変わるかもしれないから。


私にとってずっと夢だった"バンドのボーカル"として私を迎え入れてくれた"ふぇのたす"に大きな感謝を。そして、これからも残り続ける楽曲と共に、確かに存在していた賑やかで最高の日々を大切に抱えながら、私はこれからも歩いていきます。