こんにちは♪めしょんです
o0600040013853800084.jpg
今日は少し、へんてこな話。

「〇〇ってあるんですか?」という質問が多い。
〇〇には何が入るかと言うと
存在するかどうか証明することが困難なこと。

簡単なのでいえば
「神様っているんですか?」
「人は何度も生まれ変わるって本当ですか?」
「幽霊っているんですか?」
「宇宙人っているんですか?」

それはそれはもう
ロマンチックなことから、子供心をくすぐられるようなこと
色んなことがあります。

他にも
「引き寄せの法則って本当にあるんですか?」
「〇〇すると金運アップするって本当ですか?」

まぁ、あげればきりがないほどあります。
根拠付けをできるものや、できないもの
色んな疑問を持ちながら人は生きていますが
こういう時、どう考えればいいのかと言うと

自分があると思った方が
成長できるならある。
自分がいると思った方が
成長できるならいる。

と言うことです。

「存在する」「存在しない」の議論が大好きならば話は別だけど
(私は宇宙とか好きだから意外と好き)
人が成長するに対してで考えると
存在するかどうかは、どうだっていい。
だって証明できないのだから。

例えば、私は人は何度も生まれ変わると思っていますが
そう思った方が、自分は成長できると思ってるのです。

「どうせ死ぬんだから楽していたい」
なんて思いたくないのです。

生きているうちに、色んな体験をして、心や魂を成長させて
どれだけ多くの人に関われて、優しくできて、愛を注げてできるか?
魂が何度も生まれ変わるのなら、この私として生きられた人生で
思いっ切り色んな景色を見て、思いっきり魂を成長させたい。

正直な所、スピリチュアル的なことなんてどうだってよくて
そう考えたほうが、私は成長できる。
という考え方をすればいい。
成長できるという点においては
「存在するかしないか?」はそもそも論点があほなのである。

神様にしても、「おるなー私の中に」と思った方が
背筋がピンとする思いになるし、素敵な行動をとれる自分になれる。
現に悪いことをする奴に長期スパンで幸せになる人はいない。
そう思えて、いい行動をとったり工夫できるようになるのなら
それはもう神様がいることになる。

「存在する」と思ったほうが
自分が成長できるのなら存在するのだろうし
「存在しない」と思った方が
自分が成長できるのなら存在しないのである。

もっと言えば
これは「すごい人生は、今日はじまる」の本の中にも書いたけれど
“自分の法則”を持っていればいいのだ。

一流の人達は必ず自分の法則を持っている。
右足からピッチに入るといいプレーができる。とか
おでこを出すと、人と仲良くなれる。とか
SAYALAの曲を聴くと、素敵な自分でいれる。とかね。

自分の法則を持つこと。
自分が成長するための哲学を持つこと。
こっちのほうがずっとずっと重要。

「〇〇って本当なの?」「〇〇ってウソなの?」
なんて思っているのなら三流で止まってしまうからさ。

どう思えば自分は成長していくのか?頑張ろうって思えるのか?
どう思えば自分は楽しくなるのか?
どう思えば好きな自分でいれるのか?

それを考えていこうぜ♪


その方がずっとずっと
あなたのためになると私は思う。


めしょんより

 

 

人生が変わる名言683『私の中に存在するかどうかなのです』

こんにちは♪めしょんです
o0600041113853061294.jpg
「賢者は、愚者に学び
愚者は、賢者に学ばず」

という言葉があります。
ビスマルクの言葉だったかな・・・。うん、たぶんそう。

言葉の都合上「賢者」と「愚者」で例えていますが
賢者っていうのは
何を見ても学びに変えていくし
愚者っていうのは
「(うまくいっていないのに)自分の考えを曲げない」ということです。

まぁ、考えを曲げず、賢者からすらも学ばないから愚者なのですが
うまくいかなかったら、変えろ。ってことですから。
思考を変えるか、やり方を変えるか、行動を変えるか、言葉を変えるか
何かしら工夫するか?

頭を使って、行動する。
人の行動を見て、自分を正す。参考にする。

そうやって小さな成功体験を感じて
色んなことに当てはめて考えられるようになる。

これが成長の王道です。

わたしがよく「敬意」のお話をしますが
※このへん参照
伸びていく人と、落ちぶれていく人の違い
確実に大きく成長できる方法を教えよう
秘められた潜在能力を開花させる方法

なぜ、敬意を持つ大切さを話しているかと言うと
敬意を持つから学ぶことができて
敬意を持つから、自分への敬意を持つことができるのです。

素晴らしい人は
老人や子供からも沢山のことを学ぶし
ハイブランドや100均からも沢山のことを学ぶし
高級料理店やファーストフードからも沢山のことを学べる。

賢者っていうのは色んなものに敬意があって
だから色んなことから学べるのだよ。
そして愚か者は世間だったり人だったりを
なめくさったような、馬鹿にしたような感じで見ちゃうんだよ。
だから学ぶことができない。


人のダメな所を10個あげれる人になるよりも
人に学ぶ所を10個あげれる人でありたい。


また、そうやって生きていれば
人はどうあがいても成長していくものなんだよ。


そう思う。



めしょんより
 
 

人生が変わる名言682『人に学ぶ所を10個あげれる人でありたい。』

こんにちは♪めしょんです

o0600038113850718676-2.jpg
 「言葉の罠」
  

言葉には、とても強い力が宿っている。

とくに、日本と言う国は漢字一字にも意味があり

“言霊の国”と呼ばれるほど、言葉に力を宿した国でもあるのだ。

 

だから、わたし自身も、強く言葉を大切にしているし

多くの著書でも、言葉の大切さを説いている書物が沢山あります。

 

これはよくある

「日本語を大切にしましょう」という形式的な意味ではなく

自分が放つ言葉の覇気や力を大切にする。ということです。

 

ここについて深く書くと、それだけで超長文になりますので

言葉にはとてつもなく力があり
私達は、「言葉の通りの人間になる」という前提で
大切なお話をしていきたいと思います。

 

言葉には、口に出したらすぐに願望が叶ってしまうこともあるくらい

もの凄く力が宿っていたり

「イケルイケル」「デキルデキル」「大丈夫大丈夫」

というだけで落ち着いたり、本来の力が出せたりするわけですが

何度口に出しても、何も変わらない人もいます。

 

そういった人には、必ず共通点があって

「とにかく社交辞令が多い」

ということです。

 

「今度一緒にご飯行きましょ」

「いつかお会いしたいです!」

「今度〇〇送りますねー」

 

こういった実行する気のない未来の言葉を出すたびに

言葉は力を失っていく。

なぜなら「言葉の通りの人間になる」からだ。

 

実行する気のない言葉を平気でいうような人になる。

思ってもいないことを平気でいうような人になる。

言葉の通りの人間になるのだ。

 

それが薄いレイヤーのように重なって

“信頼”という最も大切にしなければならないものが

無意識のうちに失われていく。

 

脳も「あ、口に出してもそれを実現させなくていい」と

思い込むわけです。

自分の脳と言葉の信頼関係も薄くなっていくのです。

 

どんな業界でも、トップを生きる人は社交辞令を言いません。

自分の言葉に覇気を宿していますし

実現しようとも思っていないことを、口に出すことはないのです。

だからこそ、口に出したら、現実になるのです。

 

じゃあどうすればいいか?というと

不用意な社交辞令を言わないようにする。

もしくは

社交辞令をすべて社交辞令で終わらせない。

 

そうすれば、あなたの言葉は覇気を取り戻してくる。

いま誰かとの別れ際などで、当たり前のように

社交辞令を言っているとしたら

そんな自分が社交辞令をやめて、言葉に力を宿したら

どうなるのか?ということを考えてみて欲しい。

 

必ず、言葉に力が宿ってくる。

覇気を宿した言葉は、現実になる。

ワクワクしながら、社交辞令をやめてみるといい。

自分の力に驚くことになるだろうから。

 

実現したいことがあるのなら

実現する気のない言葉は捨てよう。

 


【本日23:59終了】

たくさんの方の応援のおかげで
すごいプロジェクトになっております。
本当にありがとうございます! 

終了間近プロジェクトの詳細はこちらからです。 

  

 


人生が変わる681『実現する気のない言葉は捨てろ』

↑このページのトップへ