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手考足思。
手で考え、足で思うのです。
えっと思う向きもあるかもしれません。考えたり思ったりするのは、頭ではないかと。
しかし「生の欲望」の原動力に乗り、配慮の眼があれば、もはや頭での思考は邪魔になります。
あくまでも動くのは手と足です。手と足が思考するのです。
陶芸家は、足でろくろを回し、手で土をこね、形をつくっていきます。ろくろ回しの速度を整えるのは足であり、形を具現化していくのは手です。そこでは脳で支配される思考など必要とされません。
何かにつけ、早く手を出す。その際には、何かを思い込む過程など、素通りしてもいいのです。
手で考え、足で思うのは、決して陶芸家に限られた心理ではなく、万人が実行すべき知恵です。
手と足を動かしているうちに、思考は自然に湧いてきます。反対に、手足を動かさずに思いか考えたところで、ろくな結果にはなりません。思考だけが肥大し、手足はすくでしまうのがオチです。

【生きる力 森田正馬の15の提言:帚木蓬生著】

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手を出す物事、仕事はいくらでも眼の前にころがっています。手を出す対象を見つけているうちに、目も肥えてきて、副産物として、物事への配慮の心も養われます。
配慮の眼は、こまごまとした動きから出てきます。公の場で、先輩のネクタイが歪んでいるのに気づくのも配慮の眼です。にっこりとして、ちょっと手直してしてくれる後輩を、先輩はいっぺんに頼もしいと思うのではないでしょうか。
洗濯物を干す際にも、タオルやTシャツの皺を伸ばしておけば、あとの手間が少なくてすみます。これも配慮の眼です。
こんなとき、もはや脳の働き、思考の動き、思慮などは必要ありません。大切なのは、手と足の動きです。

【生きる力 森田正馬の15の提言:帚木蓬生著】

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手と足による動きによって、目先の仕事を片付けていくうちに、「生の欲望」が進むべき道がひらけてきます。
人よりも早く起き、朝の支度と朝食を終えたあと、だれよりも早く、仕事場に一番乗りするのも良いでしょう。
仕事場についたら、まず窓をあけて夜のよどんだ空気を入れ替え、その間にお湯を沸かしながら、同時に、先輩や同僚の机の上を片づけて拭きます。応接セットのテーブルの上もきれいにしておきます。
机の拭き掃除の間に、先輩たちが取り組んでいる仕事の中味も目にはいります。整然と片づいている机もあれば、いつも散かし放しで雑然としている机もあるでしょう。そこから、仕事を進めるにはどのやり方がいいかも、おのずと学べます。
ひととおりの掃除が終わったら、窓を閉め、沸いたお湯で、お茶をいれ、一服して自分の仕事を始めます。そのうち同僚や先輩が出勤してくれば、お茶をいれてやってもいいかもしれません。
ひとより先に仕事の準備が整っていますから、本格的な始業の時刻になったら、一気に仕事に突入できます。早目早目に物事に手を出す。これが「生の欲望」を生かすコツです。

【生きる力 森田正馬の15の提言:帚木蓬生著】

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