Dr.森田が言う「純な心」って、"素直に人のアドバイスを聞く心"とは限らない???

 

「純な心」とは、私たち本然の感情であってこの感情の厳然たる事実を、いたずらに否定したり、ごまかしたりしないことである。私たちはまずこの事実を本として発展するのであって、善悪、是非の標準を定めて、そのあとでこれにのっとるという理想主義でなく、また自分の気分を満足させるという気分本位でもない。」(森田正馬『神経質の本能と療法』P146)

 

   ↓ 日本語が難しい私は

 

「純な心とは、自己本来の性質や心情、自分を欺かない心のことです。純な心をいたずらに否定したり、ごまかしたりしない姿勢へ導くことが森田療法の目的のひとつでもあります。」(和田秀樹『不安にならない技術』P161

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★人からアドバイスを頂いて、自分もそう思って行動する→純な心で動いている

★★心の中では"イヤイヤ"だけど、仕方なく従ってて言われたから行動した→自分の心を欺いている状態

★★★"イヤイヤ"だけど、仕方なく言われたからやるんだけど、目的はわかってるから行動した→自分の目的に素直になった状態

 

「森田正馬は、生の欲望に素直に生きることを"純な心"と呼びました。それは、手段・方法に対して強迫的になるのはやめよう、ということでもあります。」(和田秀樹『不安にならない技術』P161)


⭐️上司からのアドバイスを直ぐに行動すれば、上司は「素直なヤツ」と思ってくれるかもしれない。

しかし、大事なのは自分の欲望に向かって行動していくことなのかな?


🍀「純な心」難しい!まだまだ森田療法の勉強頑張ります!!😱

森田療法「あるがまま」の理解が難しいですよね。

 

森田療法で神経症を克服したミュージシャン大槻ケンヂさんの文章から

「あるがまま」の感覚を文章に表現されていたのでご紹介します。

 

         ↓

 

基本形:「大丈夫。全ての不調をあるがままに認め、やるべきことをやりさえすればいいのだ、きっと。」

             

●「時々、あの時の苦しさ再び襲ってきたらどうしようと、言いようのない不安に囚われるけど、"それを含めて人生"と自分に言い聞かせて頑張っている。」

 

大槻ケンヂ『オーケンのほほん日記』より)

 

〇「"不安"は消えることなく時々ちょっかいを出してくる困った存在だけど、いっしょに歩くことが可能なヤツだ そう思えるようになってきたんです。」

(田中圭一『うつヌケ』第6話 大槻ケンヂの場合)

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★自分の状態や態度・考え方などを受け入れる。って難しい!

 人それぞれの言葉があるけど、大槻ケンヂさんは「それを含めて人生」って表現している。

 不安に対しても感情はそのままという言い方ではなくて「いっしょに歩くことが可能」と

 表現している。


⭐️この状態が「あるがまま」。やっぱり人それぞれだから言葉にするのは難しいですね。

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悩むことはきわめて生きていれば、避けては通れないものです。

「生きたい」
という欲望ゆえに悩みます。

悩みを取りさろうとする試みは、「生きたい」
という欲望の否定に繋がってきます。

悩みを取りさることをせずに、悩むことに対して肯定し、その背後にある欲望を発見することが、逆説的ですが、悩みを解決することに繋がります。

人は皆悩むものと思いさだめたら、次には悩みとともに生きることを考えてみましょう。

悩んでいる人は、この悩みさえなければ、このことが気にならなければ、こんな気分にさえならなかったらと考えます。

そしてそのような不快な感情、悩みを取りのぞくために知恵をしぼり、結果としてそれらを自分で深刻化させてしまいます。

それが、悪循環の始まり
です。

自分の注意を外に向けること、生活を見なおすこと、自分自身を違った見方で見つめなおしてみることなど身近に手を出せることから始めてください。

もちろん、最初のうちはうまくいきません。

しかし、何かに少しでも取り組み始めたら、必ずなんらかの心の変化を感じとれます。このような試みがすでに悩みをもちながら生きることです。
そこではじめて不安、恐怖をとりのそくために使っていたエネルギーを、健康的に生きるために使えるようになってきます。
以前の不安に捉われていた生活から、新しい生活へと変わっていきます。

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