手考足思。
手で考え、足で思うのです。
えっと思う向きもあるかもしれません。考えたり思ったりするのは、頭ではないかと。
しかし「生の欲望」の原動力に乗り、配慮の眼があれば、もはや頭での思考は邪魔になります。
あくまでも動くのは手と足です。手と足が思考するのです。
陶芸家は、足でろくろを回し、手で土をこね、形をつくっていきます。ろくろ回しの速度を整えるのは足であり、形を具現化していくのは手です。そこでは脳で支配される思考など必要とされません。
何かにつけ、早く手を出す。その際には、何かを思い込む過程など、素通りしてもいいのです。
手で考え、足で思うのは、決して陶芸家に限られた心理ではなく、万人が実行すべき知恵です。
手と足を動かしているうちに、思考は自然に湧いてきます。反対に、手足を動かさずに思いか考えたところで、ろくな結果にはなりません。思考だけが肥大し、手足はすくでしまうのがオチです。
【生きる力 森田正馬の15の提言:帚木蓬生著】