毎日、いろんなものが届いてうれしいなと思うのだけど、そういうのが頭の中でぐちゃぐちゃいっぱいで、言葉にするのはとてもむずかしいのだけど。

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まずはシラスが届いたの。すごく好きな、思い出深い、静岡のシラス。娘が小さい時から贈ってくれてた人がいて、その包装紙、パック、もちろん中身すべてが、飛び上がるほど好きなのね。大事なお友だちの大事なおばあちゃんの贈り物だった。

娘も大きくなって、久しぶりに会えた時。
私と娘と、友達とその娘に
「いい?絶対に忘れないで。
こういうお友だちはどんな事があっても
絶対にはなれちゃダメよ。絶対にダメよ。」と。

みんなで「はい。」と言ったはず。

そのシラスは、釜揚げからすぐ瞬間冷凍だから、黒猫さんから頂いたら、まだ凍ってるの。でもシラスだから。スプーンですっくって、しゃりしゃり取れるでしょ。ご飯にのせられる。なんで、子どもたちが食べる前に、いち早く私が食べた。

涙出ちゃった。
今回はお友だちが贈ってくれたの。
でもきっと、それはそのお友だちのおばあちゃんからでもあるなって。たくさん頂いた、温かい心や言葉が蘇ってきて、いろんなこと思い出して。

私の家は、名家?とかそういうのでもなく、血統も学歴も何もないのだけれど、それでもそのおばあちゃんはいつもほめてくれた。めぐ留ちゃんのお父さんはとか、めぐ留ちゃんはとか、本当そういうのが嬉しかった。それは御礼のハガキなのか、なんなのかといえば、ただ毎日の生活の、その延長の人として当たり前のことからだった。

だから私もお友だちも、そんな温かいギフトを、まら娘たちに伝えてゆくのだなと思ってる。

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こないだ高速道路の上、私の愛フォンから流れてきた曲があまりに素晴らしくて、小さくしか見えない都会の空から、宇宙へ意識がいくようなそんな気持ちだった。どんどんと転調してゆく。上がってゆく。


そのあと下町のなかを走っていると、ちょうど日光街道をトゥクトゥクが横切った頃、珍しく「いかり」みたいなものが生まれた。どうして?って私を熱くした。人にわかってもらいたいとか、人の評価なんかなんともないと思っていても、こんなに素晴らしい歌、詩、曲、作品。私の大好きな人の大事な作品。もっと評価されていいし、もっと知られていいと、なんかそういう風な気持ちから「いかり」が湧いた。

それは泉わくようなものでなく、温泉が吹き出すくらいの高さと強さだったよ。すべてが完璧で、世界中に叫びたいと思った。君の目は節穴か、耳は聴こえてるか、心で受け止めてんのか、レベルが低いとか、内容がないとか、適当に仕事しないでくれとか、すごい「いかり」だった。

そうかこういう気持ちが、抵抗する力を破壊するんだな。強くなればなるほど、それも力になって、わーーーーーーーーっと。先はとても尖っているかもしれないが、吹き矢のように、一瞬でしゅんっと。


私の中にも、まだまだあるんだ。自分を業の人とは思わなかったけれど、突き詰めてみたら、まだまだ納得のいかない事がたくさんあるんだなと。それはあと数年の期限もある自分のことだけじゃない。私の好きなものを包むものに湧く、愛といかりなんだなと。強欲だ!その通り、業の人だな。それをこの先どう修行してゆくか、旅は長いなと思った。


アリヤミハルちゃん。
素晴らしい歌を、いつもありがとう。
すごいよ、空をぬけて、宙まで行った。
自分の目で、自分を確認することはできなかったけど、きっと未確認の生命体が遊泳しただろうと思う。

あなたに会えてよかった。
生まれてきてくれてありがとう。

そして、その私たちのいつも裏っ側にいた友だちにも、対して立っていた人たちにも、いつか「ありがとう」と言えるような、自分になれたらいい。


今日も、明日も、明後日も
みんな元気で幸せでありますように。


めぐ留MEGURU with love