私は15歳で父のTAKiOバンドの影マイクおはやし&野毛大道芸の投げ銭集めなどをはじめました。そのころは、入学した高校への登校拒否がはじまって、父親も困ったのだろうなと思います。

私の中学は新設校で、自分たちは一期生でした。先輩はいませんし、学年も自分たちだけ。それにくわえて、校舎はプレハブで、向ヶ丘遊園の敷地にありました。体育や部活は、遊園のグランドを使わせていただいてました。入学して、はじめに校章、次が体操着かな、そして校歌、制服、一年生の秋頃に校舎ができました。小学校の延長のような、なんだか変わったような変わらないような不思議な一年でした。

そんな中から、高校に入学して、急に市内から集まったいろんな人と一緒に授業受けて、友達になっては大変だったのかなぁ。でもちゃんとできている同級生もいっぱいいた。先生も含めて、なんか驚きの連続。最終的には、仲の良いグループで順番に回っていた「しかと」が原因だったのだけど、急に誰とバスケしたり、お弁当食べていいのか分からなくて、歩いて10分のおばあちゃんちにその頃いたのだけど、準備して出ても、また戻ってしまってた。

溝の口の高層マンションの横の道を歩いて、ファミリマートまでいくと、その細道は坂道に感じられて、風が冷たくて、もちろんお弁当は今でも付き合いのある同級生や、科学室の先生が一緒に食べてくれてたし、一日中誰も話しかけてくれないわけじゃなかったけれど、なんだかな、薄暗い曇り空だった。
その頃のことは「否」といううたに全部つまった。
なんでもただじゃ終わらないのだ。

↓「否」島原の子守唄から


そうしてそこから、TAKiOBANDの高校音楽学校公演など、いろんな場所を父らと歩いた。そんなつまづいた先は、日数も足りなくて、少し卒業も延期されて、進学も就職も決まらなくて、テアトルエコー養成所へ入れてもらったり、またTAKiOBANDで付き人させてもらったり、物販を売ったり、コーラスで音楽を学ばせてもらった。素人がプロの人らについて歩くわけで、ジャマだったろうな、下手くそだし。でもその頃の経験は今全てが私になってると思う。小さくても大きくても、お客さんが近くても遠くても、芝居のことも、大人のことも、付き人もなにもが全て私になった。感謝でいっぱいだよ。本当にたくさんのことを教わった。

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木住野佳子さんは、そんな時、地方のコンサートなど、一緒に行った時、本当に優しくしてくれた。私はまだ子どもだったし、おかしなことも言ってたかもしれないし。お化粧のしかたや、洋服の着方や、また後輩に対してのこと、足りないものに対しての接し方、いろんなことを教わりました。私はあの頃のお姉ちゃんみたいに、みんなに優しくできているかな。

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今回は番組で、少し弾けすぎとは思ったけども😆会えて楽しかった。お姉ちゃんの素顔も皆さんに少しはお伝えできただろう。本日も先週に引き続き、ゲストはピアニストの木住野佳子さんをお迎えします。




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🌈本日20:00かわさきFM!先週はピアノをはじめたきっかけ、 TAKiOBANDメンバーだった頃の様子をお話し頂きました木住野佳子さん。今夜はアメリカGRPレコードから日本人発デビューした頃の話などをお楽しみください。女子会になかなか馴染めない多喜雄さんの様子楽しいです。よろしくお願い致します🕊

パーソナリティ伊藤多喜雄🍎めぐ留
アシスタント島岡美延🍎えぐさゆうこ

どうぞよろしくお願い致します。
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今日も明日も明後日も
みんなが元気でありますように。

めぐ留💋with love