元号が決まりましたね


これで私

昭和
平成
令和

またいで生きるのかあ…。


以前にも書いたけれど

私のおばあちゃんは

明治
大正
昭和を生きた人でした。

戦争も経験していました。
電車が走ること
新幹線のこと

世の中が便利になることに
いちいち驚き、いちいち感動する人でした。

宇宙万博だったか、大きな会場に行くと
感動するたびに
「冥土の土産だ…」と手を合わせていました。

戦争の焼野原を知っている彼女の目に
激しい昭和の変化はどう見えていたんでしょう。

目にこそ見えないけれど

私の生まれた昭和には
インターネットはありませんでした
(あったとしても物凄く特別な人だけのもの)

連絡手段は
手紙か電話

最初の彼氏は
文通だったわああ
自宅のポストに手紙が入っているかをのぞくドキドキ。

彼の自宅の電話にかける時
ご両親が出ると緊張したなああ。

その後、留守番電話や
ファックスが出来て

その後ポケベルが出て
携帯が出来ました

音楽的には
カセットテープからMD、
レコードは、CDになって行きました。
今はCDすらも影をひそめはじめたね。

ふと振り返ると
おばあちゃんは、進化、変化をとても喜んでいたように思います。
洗濯機も電子レンジも
「ありがたいね~」「むかしは大変だったんだよ」
と、いちいち感謝していた記憶があります。

でも
私は、どうしても
昭和感覚を捨てきれません
ど根性やら、
直接会って、目を見て話すやら
不便の中にある…、面倒くさいの中にある、
その人自身の自信につながる経験値。

「令和」に向けて
おばあちゃんみたいに
「ありがたいねえ」
「こんなに便利になるなんてねええ」と
手を合わせて喜べることがあるかなあ。

便利になることは
ある線を越えると、淋しさにつながりかねない

子育てをAIにとか

人間が人間であって、
苦労を喜びに変えようとする力が人にはある。
大切なのは、育てるという技術じゃなくて
育てるという気持ち。

進化は止められなくても
人はやっぱり「和」を求める。
そこへ進みながらも立ち返れたらいいな。