SNS上のニュースの前に

お知らせを頂き
最後のお顔拝見しました。

お通夜当日は、あまりに月がきれいでした
告別式は、足を運べなかったけれど、青空でした。心で、手を合わせました。

またもや、
ずっと信じられないまま行きそうです。

いつも、
お別れの事を、こうやって
SNSに投稿する行為が
どうにも気が引けてしまうのです。

発信することなんだろうか?とも思ったり
公人とはそういうものなのかもと思ったり
最近は、「それ」に少し意味を見いだせて
来ているようにも思います。

沢山の思い出、
溢れる景色や、言葉や表情
それらを
語るということは、
また誰かの中に生きる
ということに繋がるのでしょうか。

発表されたと言う事で
また少し、喪に服させていただきます。

とってもいろいろ考えた
そしてそれはちゃんと、
「いつかは」言葉にした方が
良いかもしれない
と思っています。

バーニィも
八雲も

脳内にずっといます。