千葉県 あんぱんさんより
林原さん、こんにちは。買うまいと思ってたのに、クリスマスの雰囲気が自分にプレゼントを買わせることを許して、本日、衝動的にタワレコでライブのBlu-rayを買い、二歳の息子に邪魔されつつも一気に観ました。結論、本当に買って良かったです。大人になった今、昔描いていた夢とか、アニメを毎週楽しみにワクワクしていた思い出とか、何にもならないと思っていたことが大切なんだと、とても嬉しいメッセージを頂きました。ドラマで葉くんが、「俺たち成長して息子生んで…」と言っていましたね。作品のファンである身からすると、その台詞を佐藤さんボイスで聞けたことがまず喜びだったのですが、その後しばらくしてから「私もだ!」という事実に気付きました。笑言われてみればというか。作品を追いかけているときは、いつだって昔のままの自分だと思っていたから、作品と同時に自分も変わっているという事実にびっくりです。でもそれはきっと、嘆くことじゃなくて、変わることで出会いとか楽しみがきっとあるから、今を頑張ろうと、改めて思いました。昔の私がいたおかげで、こうして林原さんにメッセージを送っている今があります。生きていると何事も、なんとかなるものですね。明日からまた、育児に仕事にがんばります。追伸ドラマで葉くんが何回か「オイラ」ではなく「俺」と言っていることになんだか違和感が。笑台本からそうなっていましたが、何か意図があったのでしょうか?


年内に頂いていたメールですが…。

なぜ…買うまいときめていたのよおおおおお笑

なんてことは置いておいて

オイラと俺問題!

良くお気づきで!!!

そうなんです。
あえてわざわざいう事でもないけれど…
意図があります。
良く気が付いたね。

実は、
あの子たちは無理やり?時を戻してあそこにいる。
という設定なもんで、

本当の本当は成長してしまってるんです。
でもみんなに会う為にあの頃に戻っている。


モノローグ的に、自分の心に入るときは俺
(成長している状態の心)

でも
あの頃にすっかり戻って二人で話すとか
動揺している時は
あの頃のままのオイラという一人称にしています。

まあ…そのどちらも私には関係ないけどね…な女将!

という作りです。

そんな小さな、小さな、勝手なこだわり。

あってもなくても、どっちでもいいような
こだわり。

私なりの作品愛だと思って下さいな。

そして、あの武井先生の神イラスト!
本当に、あのイラスト見られただけでも
ドラマ収録、やって良かったよ。笑

この度は

堀内賢雄さんです。

最近では、音鬼とは
アニメ版 鬼平犯科帳のご縁ですが
銀河英雄伝説など、お付き合いは古いようです。

私とのご縁は
天空戦記シュラトほかほか、
本当にど新人の頃からお世話になってます。
沢山、一緒に飲みにつれてってもらいました。


賢雄さんは二枚舌?
超絶うそつきで有名です笑
なんて…
実は
嘘という嘘ではなくて
みんなが笑える、ウイット!

ちょっとした、ドジ話や、えらいこっちゃな理不尽を
まんま話すのではなく、笑いに転換してしまう。
そこにちょとしたスパイスを入れて
ちょっと話が大きくなって、嘘っぽくなって
なんだか根幹がなくなってしまうことがあります。

でも
愛なんだよねえええええ、それが。

そんな
賢雄さんの、「真面目」「まっすぐ」「直球」な話。

さて、たまにあることですが、
演者である私たちに
「芝居しないで」なんて、駄目だしがあることがあります。

さて、どうたちむかうべきなんでしょうね。

今回も超秘話ですよ。

東京都 なたねさん

…買っ…ちゃ…った!「どうしようか、私は林原さんの声が好きな訳だし、ライブってガラじゃない私みたいな人間に楽しめるだろうか…」と悩み続けた日々。が、12日にポチってる自分がいました(笑)便利な時代って怖い。でも届いても勿体無くて見られなくて(笑)つくづく自分の面倒ぶりに呆れます。感想はどうしても月並みになってしまうので端的に。いい歳した自分をこんなに興奮させてくれる林原さんはやはり偉大な女性です!ありがとうございます!



ライブDVDお買い上げまことにありがとうございますヾ(´ω`=´ω`)ノ
もったいなくて見られない…なんとなくわかります。
とても面白い本とか読んでると、または、好きな連載の最終回とか
これ読んだら終わってしまう!とか思うと、なんだか勿体なくて
ちょっとほっったらかしたりすることあるなあ。

さて、時々「???」っと疑問に思う事があるんだけど
ライブ行くとか行かないとかに限らす
なたねさんが、特別ではなく…
ファンの人の中から「こんな私が行っていいものか…」
「私みたいな人間が…」とかいう内容のメッセージをもらうことが
時々あります。そして、そーゆー人、結構沢山います。

私よりもっと好きな人が行ったほうがいいと思って
とか
私はCD全部もっている訳じゃないし
とか
優しさなのか、日本人的謙虚?なのか、引っ込み思案なのか?

ひとそれぞれあるんだろうけど

なんとなく…
「私のファンである」という事をとっぱらって、何に対してでもいいんだけど

そーいうメッセージを目にすると

謙虚さだけでなく、なんとなく、その人の「奥」にいる
「わたし」が、少しかわいそうな気がしてしまうことがあります。

わたしは、わたしが守ってあげて~
わたしは、わたしがうれしい事をしてあげて~って。

伝わるだろうか…。

ネガティブ方向に、私は、私のやりたくないことはやらない!
喜ぶことだけやる!

という意味では、決してなくて

ほっこりとうれしかったり
例えば
舞い降りたチャンスや、目の前のキラキラしたものに対して
私には無理とか、私なんかにはもったいない、の
「なんか」はいきなり変えられないだろうから
その「なんか」だからこそ、そんな「私にたまにはちょっとご褒美」
みたいな気持ちで手を伸ばしてみる…。
小さく、小さく、未来が変わる気がします。

やらなくても、行かなくても、見なくても、会わなくても
別に、悪いわけじゃないし、普通の日々だけど

あの時
やらなかったら、行かなかったら、
見られなかった、会えなかったそんな経験。
手を伸ばしたからこそ、できる小さな経験。

いい歳した自分
良い歳した自分にこそ、小さいご褒美!
この先も、てらわず手を伸ばして欲しいなあ
と思うのでした。

重ね重ね、お買い上げありがとうござま~すう。



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