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「置いて行かれた…」

世間がお盆休みど真ん中の13日は日曜日の夕方。
お盆など関係なく、12日の夜から翌朝まで働き、家に着いてシャワーを浴びた後、それはもう深く深く寝た。

前日、親に「昼過ぎから旅行行くけど来る?」なんて言われてたけど、夜勤明けでの旅行はつらいと知ってたし、「うーん」なんてどっちつかずな答えを返したままだった。たぶんの話、その後にした喧嘩のせいか、一言もなく置いて行かれたわけだ。



小学生~高校生時代は家で一人になったら、友達を呼んでどんちゃん騒ぎなんてこともしてただろう。数年経った21歳の今、その考えはまるで浮かばなかった。昔、悪いと思っていたことや特別だったことは、今じゃ簡単にできてしまうどうでもないこと。その代表例なデリバリーピザを頬張りながら、スマフォをいじり、テレビに録画してたキュウレンジャーを流す。

特にやることはなかったけど、何となくこの状況に勿体無さを感じていた。せっかくの誰もいない夜。呼ぶ彼氏も、セフレも、気になる男性もいない。なんという寂しい21歳の夏なんだ。



ふと検索したのは、常々気になっているサービスの名称だった。

『出張ホスト』

出張ホストとは。時間単位でお金を払い、男性とデートをしたり、性感マッサージ(前戯)を受けれるサービス。よく勘違いされてるけど、本番行為はNG。

世間的認知があまりないことや、言ってしまえば"女性向け風俗"のため、サービスサイトの数自体も少ない。その上、きちんとした印象を受けるサイトも少なく、ニッチにもほどがあるなという印象。

Twitterに「出張ホスト呼ぶか!」と呟けば、すぐさまイケイケ!ゴーゴー!みたいなリプが重なり、友人からも煽りLINEばかり。「止めてよ…」なんて思いつつも、"出張ホスト"で調べて出てきたサイトを片っ端から漁っていた。



見漁れば見漁るほど、期待値がどんどん下がっていく。まずイケメンがいない、次にサイトデザインが死ぬほどダサい。「なんだこのロゴやデザイン、2000年代前半かよ」みたいなものばかり。

つらい気持ちになりながらも、値段が手頃でモザイク越しでも「イケメンぽいな」と思ったキャストがいるサイトを発見。<モザイクなしの写真はメールにて送ります>とのことで、お問い合わせページからメールを送ってみた。

待ってる時間さえも勿体なかったので、目星をつけていた他のサイトに飛ぶ。次に開いたサイトは、デザインがきちんとしてるどころか、とても凝っていた。丁寧に今から出勤可能なキャストの一覧ページまである。お盆期間のせいか、可能キャストは少なく、いてもすでに予約満了なキャストばかりだった。

「タイミングじゃないのかなー」なんて一覧を眺めてると、ふと一人のキャストが目に入る。黒髪・塩顔・笑顔が可愛い…うん、悪くない。身長が好みよりは小さいとはいえ、写真と情報だけなら余裕で合格点だ。

一つ目のお店が安すぎなのもあって、こっちの料金システムに多少の割高感を感じるも、Twitterや友人たちの期待の声と実家に出張ホストを呼べるという非日常感、何より「男とイチャイチャしたい」という欲望に突き動かされ、気がつけば「これから来てもらいたい」と問い合わせてた。

5分後ほどで二つ目のほうから返信が。どうやら今からでも可能らしい。ただし、初回コース(二時間)だと着く頃には終電が無いとのこと。朝までとなると、6時間コース以上しかない。お値段は初回コースのおよそ3倍。諭吉一人じゃもちろん足りない額だった。

「来週エステ行くし、月末大阪行くし、どうしよ」夏らしいことはしなくても、お金が掛かる予定はいくつかある。ここで使うか、否か。21歳の小娘にとっては大きな問題だ。

ふと部屋を見渡す。一人では広すぎるリビングには、テレビの音だけが響く。静かだ。今日このまま私はこの広く静かな家で一人で寝るのか。忘れられないあの人との行為や願望めいた妄想をオカズに自慰行為にふけながら寝るのか。



「………」



寂しさと虚しさは、時に人を大胆にさせる。



6時間コースの予約を完了させるのに大して時間はかからなかった。ただし、性感マッサージ有りではなく、無しのコース。有りと無しの料金は違うとはいえ、そんな大差はない。なのに有りにしなかったのは、自分への小さな抵抗だったのかもしれない。

家に、実家に数年ぶりの男性が来る。その事実だけで舞い上がるのには十分すぎた。しかも、イチャイチャしていい男性、大変なことだ。彼が来るまではおよそ二時間半。リビングと自室を掃除し、入浴してとなるとギリギリの時間だった。

急いで掃除機を片手に家を駆けずり回り、机や棚は拭きまくり、あらゆるところにファブリーズを撒き散らす。脳内で、ORANGE RANGEのラヴ・パレードが流れる。当時この曲を聴いていた10歳の私に謝った。本当なら彼氏を家に迎えるときにこの曲を思い出す未来にしたかった、と。

大好きな石田衣良さんの作品内で"異性と会う前に浴びるシャワーの時間ほど素晴らしい時間はない"という表現があった気がした。「本当にその通りに違いない」そう、湯船に浸かりながらボーッと思い出す。

髪は丹念にトリートメントを塗り込み、歯を磨く時間はいつもより長い。入浴中、彼から送られてくるメールに興奮を抑えながら返信をする。こんな感覚はいつぶりだろうか。鏡に映る私の表情は心なしか表情が綻んでいた。人間は、女は、なんて単純なんだ!

浴室から出れば、彼が来るまで残り30分。焦る気持ちを抑え、髪を乾かす。この30分は長くて、恐ろしいほど短く、そして、何よりもかけがえのない時間なことを私は知っていた。全身にボディクリームを塗り終え、下着のみを身に着けたまま頭を抱える。何せジェラートピケなどのいわゆる"ウケる"部屋着を持っていなかったのだ。

普段は男物のTシャツに父親のトランクスを着ているけど、さすがにそれじゃマズい。悩んだ挙句、テロテロとした青いひざ丈のワンピースにした。歩くたびに揺れ動く裾は、興奮と不安を抱く私の心を表しているようだった。



「最寄り駅に着きました」とメールが届いた。いよいよだ。最寄りの駅からタクシーで来るよう伝えてるから、ファーストコンタクトは家の前になる。「パネルマジックだったらどうしよう」「早く異性の身体に触れたい」そうぐちゃぐちゃした感情の中、渡すお金を封筒に入れた。もちろん、駅から家までのタクシー代も合わせた額を。

ドロドロのぐちゃぐちゃな感情と冷静にお金の計算する思考が入り混じり、脳は今すぐにでもオーバーヒートしそうだった。もうタクシーに乗ったと思われる彼からメールが届いた。「住所が正確に表示されなかったので、近くまで来てもらえませんか?」

サンダルを履き、小走りで指定したコンビニへ向かった。真夜中でもお構いなし夏の空気は、私をじっとりと包み込み離さない。数年前もこんな夜があった。絡みつく空気の中、スカートの裾を揺らしパタパタと走る。あの日と決定的に、そして大きく違うこと。それは小走りの理由が好きな人ではなく、お金で買った男であることだった。

広いコンビニの駐車場のほぼ真ん中に一台のタクシーが止まっている。その横には思ったより小柄だった"彼"が立っていた。少し遠くからでも自分を迎えに来たと彼は分かったらしく、手を振りながら写真で見るよりも何倍も可愛い笑顔で口を開いた。



「マドカさんですよね、来てくれてありがとうございます!」



髪色と同じ黒のキャップを被り、綺麗な顔立ちで可愛く笑い、物腰が柔らかそうな彼。写真以上の容姿をしていた彼、私が初めてお金で買った彼と過ごすこの後の時間を想像し、思わず生唾を飲みこんでしまった。 

家までの短い距離、想像以上にかっこよかった彼に「突然だったのにありがとうございます」なんて話しながら歩いた。触れてもいい、触れても誰にも言わない、触れても何も思わない男性が隣にいる、しかも自分のタイプな男性。その目の前の事実が脳や心臓をはちゃめちゃに動かし、止む気配すらない。



こうして、私の記憶に色濃く残るであろう数時間が始まるのだった。



中編につづく



マドカ・ジャスミン