昨日、実家から新居に引っ越しをした。


仕事もあって、0時に始まった引越し作業。
とは言っても、一時期住んでた場所から実家に運んだままになっていた段ボールにザザッと物を入れるだけ。

そうは言っても、時間が掛かった。
トラックではなく、普通自動車での運搬だからそもそも段ボールがすべて入るのか?から問題だった。

初めは父のみが稼働する予定が、急遽弟も稼働することに。弟は、朝9時から用事がある。なので、早朝6時には出発することが決定された。(ヒェ〜)
この時点で深夜2時。弟は運転を見越して、就寝。

荷物を詰め終わった段ボールを次は車へ運ぶ。
家の中で作業する私の傍、父は突然降り出した雨が降る外と家を何度か往復した。

最中に「腰が痛い」と嘆く父に加齢を感じる。
もう父も50歳を過ぎていた。2階から1階へと荷物を運ぶとなった時、父の腰の具合を心配して自分ですべて運んだぐらいだ。女とか男とかの前に、私はやっぱり若者なのだ。腰もまだまだ丈夫。(だと思いたい)(ぎっくり腰経験者)

段ボールを運び終えた父は言う。
「これ、持って行きなさい」

お中元で届いてた食用油のセットやら、箱ティッシュに洗剤類、さらには使ってなかった掃除機、フライパン、鍋…段ボールが2つほど必要になる程の量のアレコレをくれた。

最近自覚したのだが、我が実家は裕福らしい。
ネットで見聞きする裕福さに比べれば、そうじゃない。が、アレコレを用意してもらっている際にそれを強く感じざる得なかった。

父は、自分で賄い切れているのだ。
生活も、娯楽も、全部を賄い切れている。

だからこそ、私の分も賄える。

22歳でこんなに親から援助を受けるのは、だいぶ恥ずかしい。けれど、それより何より心の底から感謝した。生活に不自由したことなんて、父と住んでいて一度も無かった。衣食住はいつも満ち足りていた。

その状態を何十年も続けていた父は、本当にすごい。

今まで激しくぶつかり合うことばっかりだったけど、それは私と父が互いに不器用すぎただけに過ぎない。

最強で最高な味方でしかない。
親がそういう存在であるのは、とんでもなく素晴らしく、奇跡的だ。

もっと早くこのことに気づけていたら、もっと良い親子関係が築けていたに違いない。しかし、これもまたタイミング。過去を悔いても仕方ない。

弟にしたってもそう。
私がきちんとコミュニケーションを取れば、「迷惑かけてもいいんだよ、家族だし」なんて超絶男前な対応をしてくれるわけだ。いい男だな、と日々思う。



親だけじゃなくて、色んな人が助けてくれている。いや、今も昔も助けられてきた。
敵ばっかりだと思い、負けないように傷つけられないように走ってきたけど、実は敵なんかいなくて味方ばかりが周りにいたわけだ。

それってとっても幸せで、人生23年目でようやく自覚した。早いのか、遅いのかは分からない。でも、自覚していた方が随分と生きやすい。


確かに闘争心とか、負けず嫌いや、下克上精神は成功を目指す上で強力なカンフル剤となる。

でも、それで手が届く高みなんてたかが知れている。

殴り合うより、手を繋いで解り合う。



その連続で得る成功だって、何も格好悪くないじゃない?




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けど、いい加減寝ずにの引っ越しはやめたい。



マドカ・ジャスミン