中学生時代。
その日私は、近所の学習塾で数学の授業を受けていた。

そして、とんでもなく苦悩していた。

その塾は、個人経営のほのぼのとした所だったが、一人だけ異色の男性講師がいた。
身長180cmオーバー。ダンディズムを感じさせる顔立ち。普段は大学で物理の研究を行なっていることもあり、理数のみを教えていた。それも、個別に要望があぅた生徒だけが対象。

ここまでだけだと、別に珍しさは特に感じられないだろう。けれど、決定的な珍しさがあった。

彼は、"答え"を教えてはくれない人だったのだ。


机に向かい、まだ私は苦悩し続けていた。
上から見下ろす講師の視線が怖かった。

「"平均"って何?」

その問いかけから始まった苦悩は、もう10分以上続いている。私からすれば、"平均"は"平均"でしかない。しかし、そんな陳腐な返答が求められてないことぐらい、時計の針が進むにつれ、冷たさを増していく視線から感じ取れていた。

「…平均は、真っ直ぐなことです」

「何が真っ直ぐなの?そもそも何で真っ直ぐなの?」

そんなこと、こっちが聞きたい。
超文系脳かつ、数学がまるで出来ない私は、何とか彼の視線が柔らぎそうな言葉を必死に探す。

「横に真っ直ぐです…」

「横に真っ直ぐは、どうしたらそうなるの?」

講師がザザッと描いた長さがバラバラな縦線グラフを眺めながら、また沈黙が続く。

「どうしたら、そのグラフは"平均"になるの?」


その後、私は彼が納得いく答えをなんとか絞り出すことが出来た。答えを聞けば、今までの威圧感が嘘だったかのように一転して笑顔で解説を始める。

この講師は、いつもそうだった。

「方程式の丸々暗記なんていう愚かなことはやめなさい」

「何故その方程式になるかを考えなさい」

学校の先生たちが勧めるやり方をことごとく否定し、とにかく方程式の成り立ちを理解させようとした。
皮肉にも、本質の理解よりも受験勉強を優先していた私は、数ヶ月後別の講師の元で授業を受けていた。

「"平均"なんて、そのままの意味じゃないか」
「無駄に難しく考えさせるなよ」



同じ塾での国語の授業。
担当の男性講師とは、とても仲が良かった。

読解力問題を解き終え、答え合わせを始める。

「やったー!また満点!」

「これぐらい当たり前だろ。あと、何でこの解答にしたのかを説明して」

「え、だって、書いてあるよ」

「それを説明して」

説明出来なかった。答えは間違いなく、その文章内から即座に見つけることが出来た。容易だった。
けれど、何故見つけられたかなんて聞かれても、そこにあったからとしか答えられない。

「別に知らなくてよくない?正解してるし」

「今は、正解してるね」

「何でダメなの」

全問正解。なのに、怒られているのか。理不尽さに苛立ちが沸き起こりつつあった。講師は、呆れたような心配しているかのような、とにかく複雑さが目立つ表情で私を見ている。

「確かに全問正解はすごいし、文章から答えをすぐ見つけ出すこともすごいよ」

「ほーら」

「だけどな、答えまでの道のりが分からないと、仮に不正解だった時は理由が分からないで困るだろ」



「正解を見つけることは勿論大切だけど、それ以上に何故そうなったかが大切なわけ」


眉を寄せ、唇を突き出し、机に突っ伏していた私の耳に彼の言葉はまるで届かなかった。
それどころか、一年後の高校受験シーズン。国語で脱出が見込めないスランプに陥るなんて、その時は想像すらしていなかった。



昔から、誰よりも真っ先に正解が知りたかった。
正解を知っていたら、偉いと思っていた。
すべて上手く行く、なんて考えていた。

勿論、正解があれば、スムーズに事を進められる。
これは紛れも無い事実だ。

しかし、どんな人でも、大なり小なり躓くことがある。
それが長期間に渡って、自分を苦しめるだって無いわけじゃない。

そこで起き上がり、もう一度足を進められる人。
それは、正解までの道のりを知っている人だ。

正解を最初から分かっているのに越したことはない。
だが万が一、不正解を生んでしまった時、軌道修正を行うに必要不可欠なのが正解までの道のりなのだ。

道のりが分かっているなら、不正解になってしまった理由も即座に判明するだろう。


私たちは、間違える。
それ以上に私たちは、思考できる。

頂上に辿りつく道は険しいけれど、だからこそ思考する価値がある。

であるならば、自分にとって大切なものは、思考の道中にひっそりと転がっているのかもしれない。


マドカ・ジャスミン