今年のGWはとても暇だった。世間でいう長期休暇は、フリーランスにとっては地獄そのものだ。

いつも作業しているカフェは人でごった返し、いつもの閑静な空間とは程遠い。とてもじゃないけど、作業どころじゃない。少し出掛けようとしても、街は人人人。そうなると、元々引き籠り体質の私はこうなる。「よし。家にいよう」。

いざ家にいるとなっても、暇だ。起きて、食事を済ませ、最低限の作業をしても、時間は膨大に余る。SNSさえも、この時期は心なしか反応が悪い。

ボーっとベッドに転がり、天井を見上げる。窓から見える空は晴天。今頃、海や川ではBBQなどをして楽しんでいる男女が何人いるのやら。自分と脳内ではしゃぐリア充達との対比に絶望すら感じ始めた。

こんな時、時間を潰す上で最適なのは、映画だった。とは言っても、GW中の映画館には絶対に行きたくなかった。私は座席位置に拘るタイプだ。突然行って座れるような席なんて、たかが知れている。

しかし、現代には素晴らしいツールがある。自宅にいても、大抵の映画作品であれば、PCやスマートフォンで鑑賞できてしまうのだ。改めて思うが、これほどの引き籠りの味方があるのだろうか。

こういう時に観る映画は、決まってこうだ。あんまり頭を使わない作品。 

ようは、シリアスでもなく、ホラーでもなく、分かりやすい感動作品でもなく、とにかくフラットに観れるもの。例を挙げるならば、グランド・イリュージョンやウルフオブウォールストリートなど。

そんな基準で画面に羅列されている作品を吟味していく。あーでもないこーでもないとスクロールを繰り返す。ふと目に留まった作品があった。

それは、『Sex and the City』。
通称SATCとして、話題になったあの作品だ。

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意外かもしれないが、私はSATCを観たことがなかった。話題作ともあり、何となくどういった作品であることは知っていた。そうは言っても、女性4人の煌びやかなアレコレぐらいの印象。頭を使わずに観れそうだと、早速再生ボタンをクリックする。

ドラマ版の知識が無くとも、どういった人間関係なのか、今に至るまで何があったはすんなりと把握でき、物語はテンポよく進んでいった。その中で、とある違和感を抱き始めていることに気づく。

「なんだこのモヤモヤは…」

メインキャストの4人は、確かに煌びやかだ。舞台はNY。ハイファッションに身を包み、ヒールで颯爽と歩く。だがしかし、途中から婚約破棄や浮気など、煌びやかとは真逆の問題が続出し始める。ヴィヴィアンの純白なウエディングドレスを着て、大きな花束を婚約者へ振りかざすキャリーには同情以上に怒りが込み上げたぐらいだ。 

けれど、彼女たちは悲しい出来事があっても、悲しみに暮れ続けるわけじゃない。問題解決に着手するのが、ものすごく早かった。

ライター業を営むキャリーは婚約者と一緒に住むために手放した部屋を取り戻したり、弁護士であるミランダは夫の浮気発覚後すぐに別居するための部屋を借りたりを即座に行う。ドライとも取れるが、私は素直にこう思った。 

「自立している女性って、強い」

作中にも出てくるが、男性に生活基盤を100%頼ったばかりに家を失う女性だって、現実にもいないわけじゃない。たかがパートナーとのいざこざで寝る場所を失うなんて、なんとも悲惨極まりない。 

出てくる4人は、専業主婦のシャーロットを除き、皆手に職を持ち、経済的にも自立している。羨望の溜め息を漏らすようなアイテムで着飾っているだけではなく、自分の生活を自分で見事に守れている。張りぼての煌びやかさではなく、まさに芯からの煌びやかさではないか。 

もっとも強い女性、もっと厳密に言えば、自分の幸せを理解しそれを追い求められる女性の象徴がサマンサだ。

彼女はきっぱりと言う。「自分のことが好きなの」。
これを理由に恋人と別れた彼女は、とても眩しかった。恋人が贈ってくれた欲しかった指輪に関しても、「自分で手に入れたかった」と嘆く彼女こそ、私たちが手に入れるべき強さなのかもしれない。 

"女は与えられるこそが幸福"という宗教じみた幻想は、日本の女性を縛りに縛り付けている。そして、そのために自我さえも無視してしまう。別にそれが幸せだというなら、口を出す権利は全くない。でも、果たして今の自分の"幸せ"は本当に自分の幸せなのか。悲しみや不満、憤りに蓋をして、平穏という毒に身を蝕まれているだけではないのか。

私は、そう生きたくない。

他人から見ての"幸せ"でも、自分を攻撃してくる不都合ならば、人生において全く以て必要がない。これをドライだとか、効率化の求めすぎだとか、そう捉える人はいるかもしれない。だとしても、人生なんていう一瞬の時間において、幸せだと感じる割合を多くしたいで馬鹿みたいにシンプルだ。

男性からダイヤを贈られたい、誰もが羨む生活を送りたい。別にその願望は私だって持っていないわけじゃない。それでも、自分の武器を、強力な武器を得ていきたい。

SATCで描かれていたその武器とは、紛れも無く仕事だった。

彼女たちは若い頃から、武器を得てきた。磨いてきた。だからこそ、不都合から自分を遠ざけ、自分を守れることができた。


不都合から自分を守る。その為に仕事をする。武器を得る。 武器があれば、味方の皮を被った敵にだって太刀打ちできる。 

この世は戦場だ。
いつ誰に傷つけられるか分からない。
ダイヤだけじゃ、自分のことは守れない。

武器を持つしか、"自分の人生"を生きる道は無い。

私はそう、SATCで改めて学んだのだった。



マドカ・ジャスミン