世界を変えるのは誰なのか。

個人がピックアップされる時代とはいえ、盛り上がっているのはごく一部な気がしてならない。

訪れる変化を真っ先に享受し、それを見た大衆は沸き立つか、混乱に陥る。

その時、自分はどこにいるのか。
仮に限りなく中心にいたとして、変化を素直に抱き締めてるのか。

破滅衝動が強いわけじゃないけど、この世界があらゆることで満ち溢れてしまったら…


全部、終わってしまっていいと願っちゃう私がいる。


これからのヒトたちの価値観は別にして、例えば今あるものが無意味なことばかりになったら私にとっては生き辛さしかない。

もしかすると、結婚の制度も無くなるかもしれない。
そうしたら、愛することはどうやって体裁を保てばいいのか。

私たちの感情は、とってもシンプルで知らず知らずのうちに様々なシステムが作用している。

イマのシステムが消えたら、激変したら、弾圧の対象になったら、果たして私たちは私たちでいられるのか。

私たちは、誰に生かされ、生きているのか。

私たちは、ダレなんだ。


期待によく似た恐怖でやってくるミライにゲシュタルト崩壊するか、イマが終わるか。

それとも、終わらせるか。



この感情も、誰かのモノだったら、早くシャットダウンさせたい。


ねえ、ダレなの。



マドカ・ジャスミン