年配の日本人女性2人が何かの会話をしていた。

両耳ラジオのヘッドホンでふさいでいたから何を話していたか分からないが、その音が知らない国のお経の様に聞こえた。声って音になるんだね。

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そこに深く自身がいなくては私の絵ではない。

悪夢を見た。
家出したあの日、、、。
あばら屋で生活し始めた頃まで状態を戻すために物を整理し始める。

それは、誰にでもやってくる現実だ。


セミはまだ鳴いているけど、やっと涼しくなってきた。なにより湿度が下がったのが良い。

歯医者のあと、数年ぶりに裸婦のクロッキーに行ってみようかと思案する。いつかやる個展でオリジナルの他に、説明を求めてくる人達のために用意するか。前回もやったから(やっといたから)

普通の絵も描けるんだ?って直球きたし、そう思ってる人達のために。(自分に言わせればナニが普通なんだって馬鹿げた話しだけと)

個展の事はともかく、クロッキーで言うとパリのクランショミエールと日本のこれと比べても仕方ないけど、あの自由さはここには無い。まさに国籍、職業、年齢など関係ない。時間内ならいつ来ようと帰ろうと自由。モデルが気に入らなきゃ見た瞬間に帰ってもいい。(料金は1時間くらい経ってから集めにくるから)中にはスケベオヤジがハダカをみて帰ることもある。正に色んな人がやってくるアカデミー。

日本のここは⭕️⭕️の会が主催していて、なんか雰囲気が変だ。

どこが変だなのか?

なんて言うか、、、、、
、、、、う〜ん

確かに自分は何かの会に所属することが大嫌いでなわけだけど、部外者的な空気管とでもいうのかな。自分の性格なのかも知れないけど。

流れとして、会員が早めに来て準備をする。終わったら全員で片付ける仕組み。日本人の社会では当たり前なのだろうしそれが自然の流れなんだろう。つまり、よくある時間貸しということ。

だからパリの様な専門的な施設で管理人がいて掃除したり料金を徴収したり、会場を設営する人がいるわけでもない。

そこへいくとパリのアカデミーではそういった仕事を分担でしている。それを手伝うことが、はそこで働く彼らの仕事をを奪う事になるから誰もやらない。でも日本人の女性が手伝ってた。→ステージに布を敷いたり椅子を並べたり(日本人の習性かも) 

一方日本のここでは、帰りまぎわには会員にならないかって誘ってくる。→(なるわけ無い)→(この会の色になんか染まりたくないんだから)

でも部外者意識しているのは自分だったりして。

そんなことを休日のベッドの中で思いつつ行かないことにした。

オリジナル?
今の時代、オリジナルなんてあるんだろうか。絵画彫刻で言えば例えばピカソがすべてやってしまったし。その柵の中でどれだけ目立とうってのしか見られない。
嘆かわしく思うばかり。



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