月別アーカイブ / 2015年10月

wipe結成したよなんて報告や
ZEPPET STORE再結成、しかもしれっと出戻っちゃいました…の報告や
GOOD BYEカバーしちゃったよ…の報告や
疲れがたまって癒されたい時や
プロジェクトがひと段落ついた時に
ぷらっと行くのだけど。

今回はプロジェクト片付いてないのに。

あっちにいっちゃって以降もずっとお世話になってます。

空気が好きでね。
必ず晴れてるし。
爽やかすぎるくらい爽やかで。
爽やかだと行きたくなるのか。
ドライブにちょうどいい距離だし。
打ち合わせでたまたま沢田の名前が出たし。
行きたくなった。

で、爽やかだった。

月日が経つのはホントに早い。

若い頃、例えばバイト先のオーナーや、メーカーの役員でひと回りくらい上の方に「人生なんてあっという間だから」なんて聞いても「そうなんだ」ぐらいしか感じなかったわけで。
今は自分よりも若い世代、例えば今制作しているバンドメンバーは25歳とかなのでまさにひと回り違うのだが
同じように「そうなんだ」でしかないハズだ。

歩んだ人生の経験や知識や記憶や感じ方などは差し引いて
時間の流れだけを見ても俺の1年は1/50なのに対して
彼らの1年は1/25な訳だから
そりゃ時間の流れる速度も違って感じるわけだ。

他方、俺は俺でしかないわけだから
他人の経験や知識や記憶や感じ方は体現できないので比較のしようもないが
流れる時間の中での物事の受け取り方次第では
今よりもさらに早く、あるいは遅く、感じられるのかもしれない。

俺にとってはwipeでみんなと楽しんだ時期はおとといぐらいで
ZEPPET STOREのUSツアーは1週間ぐらい前の出来事にも感じられる。
となるとsphereなんかは昨日の昼でゼペット復活は昨夜くらいの感覚か?といえばそうではない。

そのくせ先おとといに何を食べたか?も覚えていなく
先おとといの記憶とDROPが同じ時間軸で俺の中で成立しているわけでもない。

タツやクニやゆーたに会ってからは随分経つ…30年ぐらいに感じるし。

記憶と時間の曖昧で不謹慎な関係をぼやーと考えると
カラフルなその時代時代を思い出せば「人生はちっともあっという間ではない」という結論になる。

1/51や1/52と捉えればさらに時間の経過速度は増すだろうが
同じ24時間の積み重ねなだけなのだ。

いや相対性理論からインターステラーを観れば
もはや時間という枠も三次元という枠も必要ないのであった。

渋谷駅周辺でたまにバッタリと出くわす神様仕様の神様たちには
それらの煩わしい概念図は存在しない。

脳と精神が感じるままに。

さて、作業。

この2週間ほどは縁あってプロデュースさせてもらってるアーティストたちのライブに行く機会が多発。
普段からひとのライブにあまり行くほうではないのだ(と恩を売るようなことはあえて書いておくけど)がアフターサービスな感覚でお邪魔しつつ
cattleのリハに首を突っ込んだり、今作業中の某バンドのライヴにも顔を出したり…。

いしばしさちこはバックバンドがとにかくしっかりしているし、さっちんの人柄かチームワークの輪がそのままステージで感じられ
シュガーパレードはモモカとヒロのバースデイパーティーという意味合いもあるだろうがオーディエンスがとにかく暖かく
NOREはツアーファイナルということで成長した姿を見せてくれて顔も自然と緩む内容だった(もちろん課題もあるぜ)。

成長ってなんだろうか?

例えばZEPPET STOREもいまだに成長を続けている、信じられないことだが。
50にたどり着いてしまったのはまだ俺だけだが、いやいやもうメンバー全員ほぼ50なジジイだ(いやいや相当若いんですよ)。

若いミュージシャンと話す時、俺は「どの言葉を使えば伝わりやすいだろ?」と言葉をそれぞれに俺なりに使いわけたりする。

そしてそのやり取りを俯瞰しては
「俺が彼と同じ歳の頃、同じようなことを考え、言葉にしていたのか?」と当時の自分を思い出そうとしている。

そして結論としては…

思い出せないのである、笑。

人により言葉を噛み砕く手法や内容は様々だが
当時の俺はこんな専門的なことも考えられていたのか?
当時の俺はここまでクリエイティブに制作できていたのか?
…。

思い出せない。

サイエンスダイエットばかり毎食毎食、食わされているマムに
俺はよく「今日のご飯はなんだろね?はい!サイエンスダイエットですよ〜、美味しいですよ〜」と
茶化しながら、くんくん匂いを嗅ぐマムをあやしていた。
毎朝目が覚めては部屋中をチェックするマムを見ては「また今日も1からかよ」と笑っていた。

思い出せないのだが
おそらく当時の俺もまた同じようなことを感じ、同じようなことを考えながら、音楽を作っていたのではないだろうか?

中身の、経験からの知識は今のほうが多いかも知れないが
思い出せないわけだから失った知識も当然あるだろう。
身につけた知識が「それはこうだ」という思い込みの盾となって邪魔していることもあるだろう。
保存したつもりの知識や経験も上書きされ消えたりしてないか。

精度はあがったかも知れない

…いや、おそらく、なだけだ。

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