月別アーカイブ / 2010年01月

NFLはNFC・AFC両リーグのチャンピオンシップが終わった。
今年のスーパーボウルはシード1位同士、超オフェンシブチームの対決で
再来週が楽しみだ。
結果は知っていたが一昨日のバイキングスvsセインツは見逃すわけにはいかない。
ところが放送が24:10~27:00という番組編成であったため
後日ゆっくり見ようと録画をしながらボリュームを抑えCDをかけながら目で追っていた。

このブログでも以前登場した久保田早紀を今年の冬はまだ聴いていないことに気づき
おそらく一年ぶりぐらいになるであろう…かけてみた。
リビングで間接照明とテレビ画面の明かりの中、好きなCDをかけるのが気持ちよい。
「久しぶりに『異邦人』が聴きたいな」っていう人は
よく深夜のテレビショッピングで見かけるメーカーの企画CDや
ベスト盤などを買わずに是非彼女の1stアルバム『夢がたり』をお勧めする。


sakikubota


冒頭の『プロローグ~夢がたり』からエンディングの『星空の少年』までの全11曲の
曲の並びと選曲のトータル性、もちろん各曲のクオリティとパフォーマンスなど
もしかしたら以前も書いているかもしれないが完璧だ。
調べたところ1stシングル『異邦人』は1979年10月1日発売
1stアルバム『夢がたり』は1979年12月8日発売なのだが
ほぼ同時期に制作され計算された作品なのかもしれない。

『異邦人』は当時の砂漠とラクダというCMのイメージどおり
明らかに中近東からシルクロードの雰囲気そのものであるが
アルバム全体を覆うサウンドと詞世界はユーラシア大陸の各所にまたがり
彼女の透明で初々しい歌声と重なり
憧れのかの地を夢の中で旅するコンセプトに成功している。

場所を特定させる言葉としては
『ギター弾きを見ませんか』のファド(ポルトガル民謡)や
『サラーム』のサラーム(アラビア語で平和という意味らしい)や
『白夜』(北欧あるいはアルプス山脈辺りを連想させる詞)などであるが
歌詞だけでなくサウンドメイキングと編曲によって
ポルトガルの港町、スペインやフランスの草原、ドイツ・シュヴァルツヴァルト辺りの森、
フィンランドのフィヨルドの景観、中央ヨーロッパの未開拓な平原、
もちろん中近東の砂漠やオアシスなどを連想させる。

ところが最後の『星空の少年』で
ここは日本のどこにでもある都会(まち)で、満天の星空の下
若くして命を天に召される少年の未見の世界を旅したいと想う
はかない夢であったことに気づかされるのだ…

いや、それまでが久保田早紀目線で歌われているのに
『星空の少年』だけが「ぼくが生まれるずっと前に…」と少年目線になることからも
ラスト前の曲『ナルシス』とこの曲だけがつながっていて
『星空の少年』は『ナルシス』の壁に飾られた画の題材である少年の
末路を歌っただけなのであろうが、当時はそう信じていた。

アルバム全体を覆うコンセプトの主軸を形成するのは萩田光雄氏のアレンジで
代表曲『異邦人』では彼女自身のイメージも決してしまい
その後の彼女の人生にも大きな影響を与えてしまったわけだが
一般には知られてはいないが彼女のファンたちの間では
このアルバムの他の曲たちの素晴らしいさは定説になっている…はず。

この時期は所謂シンガーソングライターという
自身の特徴を誰よりも理解した本人が、自身のために曲を書き発表する
という形が定着した時期であり
このアルバムの楽曲たちもほぼ久保田早紀本人の作曲なのであるが
このアーティストとこのアレンジャーがあったからこその成功なのであろう。

久保田早紀は俺が中学二年ぐらいの時期であり
KISSやQUEENなどは卒業しツェッペリンやYES、RUSHなど
第2ステージに突入しどっぷり洋楽な時期なのに唯一「聴ける邦楽」だった。
それまでの西洋はせいぜいブリテン島か北米大陸に限定されていたものが
彼女の曲を聴いてユーラシア大陸全土をイメージできたというか。

他方、俺が洋楽を聴きまさる前に好きだった太田裕美の代表曲たちも
萩田光雄氏のアレンジと知り
こちらは松本隆氏/筒美京平氏という納得の作詞/曲コンビながらも
やはり当時一線を画していた理由にも気づかされる。
こちらももちろん太田裕美という
アイドル/フォークという両性を持ち得たアーティストであったからこその
化学反応なのだが。

音声なしのテレビ画面では北米大陸を代表するメジャースポーツNFL。
二度の引退表明にも関わらず今でも現役にこだわる
シーズンMVPを三回獲った男ブレット・ファーブが
セインツのディフェンス陣の執拗はブリッツに倒され
足を引きずりながらもプレーしている。

セインツ側にも勝たなければならない理由がある。
ハリケーン・カトリーナでの災害から完全に脱した
ニュー・オリンズ復興の象徴。
ホーム・アドバンテージがどのスポーツよりも顕著に出るアメフトにおいて
街の崩壊が存続の危機にまで発展したチームが
創設43年目にしてはじめてのスーパー・ボウル出場を決めたのだ。


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Pro Tools 8に関することを最近ブログに書いていなかった…
ということはそれだけ自分の手足となって無意識になんのストレスも無く
制作に没頭できていた…かと言えば…まあそこまでではなく
バーチャル・インストルメントを多数立ち上げるとやはり挙動が定まらず
どこか不安定になっていた。

特にStrikeというドラム用バーチャル・インストルメントは特にその傾向が高く
バッファサイズ128ではCPU使用率が20%未満程度なのに
Strikeを立ち上げてのギター録りはほぼ無理で
一旦Strikeをオーディオ・データに録音するという
旧システムとさして変わらないめんどうなことをしていた。

アクティビティモニターで確認すると
メモリにかなりの負担を要することがわかっていたので
現状4GBのメモリをメモリ・スロットがまだ余っていたし
どこかのタイミングでメモリの増設を…と考えていたが
この都度新たに4GB増設してみた。合計8GB。

で、まあその結果…
もう、さっくさくで、なんのストレスも無くとても快適で言うことなし。
テンションがあがった俺は新しいセッションを立ち上げ
あえてバーチャル・インストルメントやらプラグインやらを
大量に使用して色々と試してみる…

嗚呼!なんという心地よさ…Mac万歳ーー!!

…と思った瞬間…
なぜか宙を飛ぶコーヒー入りのコップ…

次の瞬間、俺が見ていた映像が突然スローモーションになり
その宙を飛ぶコップの着地を追う…

俺の作業デスクはクニ・キヨシが都度構築してくれたおかげで立体的になっており
上段/スピーカーとオーディオ機材
中断/ディスプレイとMIDIキーボード
下段/Mac用キーボードとマウス
という配置になっているのだがその中断部分が茶褐色に染まる…

ディスプレイに関してはほぼ被害ゼロであったが
MIDIキーボードの鍵盤部分C#1からA#1ぐらいまでにまともにかかる被害。
結果、3~4鍵が反応しなくなった。

何かひとつが便利になると他の何かが不便になる…
世の中うまくできている。


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俺が述べたハンニバルが、どうやら人間を喰らう連続猟奇殺人犯のことではなく
古代共和政ローマにおける最大の宿敵で古代国家カルタゴの武将であることを
未だ知らない山田浩文が
彼の父ハミルカルが建てたとされるバルセロナにて
「バルセロナ最高ー!!」っとのん気に旅をしている間に
wipeのオフィシャルHPが出来上がってるなんて都合のいいことが(しつこいか?)
…あったのである。

すっかり完成していた。


wipe offical web site igoagainstslider.com


これからのwipeとしての行動はこの「infomation」に随時告知していく予定。
あわせてmyspaceも準備中。

まあこのバンドはライブあるきでないと形に出来ないので…それが本来のバンドか
ステージ上で感じながら進めて行くことになるでしょ。


ポエニ戦争は紀元前264年
アフリカ・スペイン北部、サルディーニャ島、コルシカ島と領土を広げた大国カルタゴと
イタリア半島をようやく統一したばかりの所詮小国共和政ローマが
シチリアの覇権をめぐったことに端を発し
…地中海を地図で見るとよくわかる。イタリア半島とアフリカ大陸の間に
ぽつんとあるのがシチリア島だ…
三度にわたる120年にもまたがる戦役は前146年カルタゴの滅亡で終結する。
その過程にてギリシアのエピロス・マケドニアとの軍事的な戦略から侵攻し
共和政ローマは図らずも地中海の覇者になっていたのだ。

父であるハミルカルは「俺の無念を晴らしてくれ」と幼き我が子に誓わせ
ハンニバルの一生は打倒ローマに固執する。

父亡き後の前219年
イベリア半島を制圧し諸部族をまとめて軍隊を養成し5万の兵と37頭の戦象を連れ
彼は当時の誰もが想像しなかったアルプス山脈を越えイタリア半島に侵攻した。
イタリアに到着した際、兵力は2万6千、戦象はわずか3頭に減ったという。
以降16年間、ローマは自国内に最大の敵を迎え入れたが
建国以来最大の窮地を乗り越えたのだ。

最後の決着は歴史にはたびたび登場する史上が求める英雄がもたらした。
国内をハンニバルに蹂躪されている隙にアフリカに上陸
ハンニバルをおびき寄せザマの戦いにおいて圧倒的な勝利を収める。
彼スキピオ・アフリカヌスは救国の英雄ながらもその後
一人に名声が集中することを嫌う共和政ローマという政体において
些細なことから弾劾され政治の表舞台から引き下ろされる。
カエサルがルビコン川を越えるのはこの130年も後のことになる。
元々名門貴族であるコルネリウス氏族スキピオ家出身の彼は
先祖代々の墓に入ることを拒否し
「恩知らずの我が祖国よ、お前は我が骨を持つことはないだろう」と墓石に刻ませた。
一方、宿敵ハンニバルもローマの執拗な追跡から各所へと亡命していたが
奇しくも同時期に自害して果てた。

W杯やEUROなどでイタリア代表の試合を見るたびに
俺はスキピオとハンニバルのことを想う。
自らの骨は残さなかったスキピオも
イタリア国歌『マメーリの賛歌』には登場させられてしまう。


イタリアの同胞よ。
スキピオの兜
頭に戴きて
イタリアは覚醒せり。
勝利の女神よ何処に坐すや。
イタリアにその髪を捧げよ。
創造主はローマの僕として
そなたを創り給へるぞ。

歩兵隊に参加せよ。
我らに死の覚悟あり、
我らに死の覚悟あり!
イタリアは呼び招く。
歩兵隊に参加せよ。
我らに死の覚悟あり、
我らに死の覚悟あり!
イタリアは呼び招く、おお!

Fratelli d'Italia
L'Italia s'e desta,
Dell'elmo di Scipio
S'e cinta la testa.
Dov'e la Vittoria?
Le porga la chioma,
Che schiava di Roma
Iddio la creo.

Stringiamoci a coorte
Siam pronti alla morte
Siam pronti alla morte
L'Italia chiamo.
Stringiamoci a coorte
Siam pronti alla morte
Siam pronti alla morte
L'Italia chiamo. Si!

ちょっと日本じゃ考えられないぐらい殉国賛歌だが。


話はバルセロナへもwipeへも着地できなかった。

今、俺は脳内ではあるがシチリアにいる…かの地を思い出している。
パレルモのホテル、グランデ・アルベルゴ・ソーレは素晴らしかったが
一歩路地裏に入ると「こ、これはヤバいだろ…」と思わせる何かがあるのだ。
人々の眼光は鋭く感じられ、極東からきたおのぼりさんを拒絶する。
この島は地中海の中心にあり常に侵略される側だったのだ。

伝説ではシチリア島はオリンポス神と巨人族の戦いのときに
アテナが巨人の一人エンケラドスを封じて投げつけたとされる…らしい。
バカリズムなら「こう持って…こう投げる」だ。



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