月別アーカイブ / 2006年08月

今年のはじめ頃下北沢440で行われたhurdy gurdyの打ち上げにてかかっていた曲。
店員さんに確認しThe Persimmonsというアーティストと知る。
翌日さっそくネットで調べ直接レーベルであるnovel soundsから購入した。

The Persimmonsは佐藤亮爾氏のソロ名義作。
氏はHEADPHONES REMOTEといバンドもやっておりつい最近新作を出している。
氏とはまだ会ったことはないが何回かメールでやり取りしている。
たぶんこの日記も読まれると思うのでちょっと気恥ずかしいが
彼は「広島の天才」なのだ。
広島の中で天才なんていうちっちゃな意味ではもちろんなく
広島に天才在り…なのだ。
彼のサウンドはまさに「音を紡ぐ」。
重なりあい塗られる音像のひとつひとつに音楽へのひたむきさを感じる。

そして広島を拠点に良質なCDを世に出すnovel soundsにも興味津々なのだ。

先日映画『パッション/THE PASSION OF THE CHRIST』を観た。

いや、もう何度も観てるんだ。
キリストが起こした奇跡も教えもほとんど語られず痛いシーンの連続で
最後の受難を見るも無残に「これでもか」というぐらいにフューチャーしている。
普段グロイ映画なんか嫌いだし、もちろん痛いことも嫌いなのだが
自分が↓にいってるときなどになぜか観たくなるのだ。
(俺だって↓向きな時はある)

無宗教であるがゆえに宗教には興味があるのだ。
盲目に信仰するのではなく真理をみたいと云うべきか。

以前テレビで「脳」の発達が人間に「想像」を生み
「想像」が「不安」を生み
「不安」が「宗教/信仰」を生んだ
…と解説していた科学者がいた。
最近めっきりつまらなくなったが『ベルセルク』のテーマはまさにこれだったね。

ユダヤ教/キリスト教/イスラム教の関係と
立場の違う人々が同じ神を信仰するという矛盾が生んだ何千年も続く問題。

宗教は争いをおこすからイヤだ…と「盲目」になるのではなく
何もなかった時代に秩序や道徳を与えたのも宗教で
律法から人は人らしくなったという側面も気が付かなければならない。

いや、そんなことが言いたいのではない。

映画『パッション』で彼を見ていると
とにかく元気になるのだ。

幼稚園のころ1回だけ日曜日に教会に連れていかれた思い出がある。
紙芝居を見た。
馬小屋でイエスは産まれ…のシーンだけなぜか鮮明に覚えている。
(おそらくその直後に爆睡したのか…)

ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も
誕生と繁栄の裏にはその時代の社会に対する不安という歴史がある。
人は何かにすがりたいのだ。
もちろん無宗教の俺たちも何かにすがりながら生きている。

ギター録りがひと通り終わった。

今回のテーマは『NEW 五味誠』。
何年か前から「変えたくても変えられない自分のスタイル」というのがあり自分に飽きていたんだ。
自分の中で枠を作りその中で収めていたというべきか。
自分の中にはあってもあえて出さなかったモノとか
自分で作ってしまった自分のイメージとか
そういったモノを打破したかった。
『NEW』というよりはむしろ回帰的な。

ZEPPET STOREでの俺は…な音
wipeでの俺は…な音
DROPでの俺は…な音
sphereでの俺は…な音
と、振り返ってみるとそれぞれの時代に自分の中でも解釈がわかれている。
今回は久々に1/4という立場で楽しみたいというのが念頭にあり
頑なに1/4を貫いたという感じかな。
初期ゼペに一番近くなるのでは?と思っていた予想とは異なり
俺の中ではむしろwipeに近い気がする。
何が?…うまく説明できないけど…しかも俺しか感じれないことだけど…。

まあもう少し完成には時間がかかりますがお楽しみに。

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