毎年、ある時期になると久保田早紀とオリビア・ニュートン・ジョンばかり聴く自分がいることに気がついたのは3年ほど前のことである。
そのたびに「懐かしいなあ」と思って聴いてしまうのだ。めでたいなあ、俺。
そんなわけで今年はちょっと趣向を変えて、映像で2人の歌を楽しんでいる。

久保田早紀はちょくちょく「ベスト・アルバム」的な企画が出るのだが
わりと最近出されたCDで「フェアウェル・コンサートDVD付き」というものがあった。
引退ライブの模様を3曲DVDに収録してある。
実はソニーで現在やってる『オーダーメイドファクトリー』という企画がある。
廃盤などになって入手不可能になっているものをリクエストで規定数超えたら→再発みたいな。
そこでこの「フェアウェル・コンサート」が対象になっていてその全貌がもしかしたら買えるわけ。
リクエストには協力したけど、まだ購入するかは決めてない。
その前に前記した3曲入りDVD付きを買ってみたと。。。
「フェアウェル・コンサート完全版」は買わないかな(笑)
「異邦人」当時の映像ならと飛びつくけどね。申し訳ない。

そうそう、先日の都内に大雪が降ったあの日、
なんと、ウチから600m、信号で4つ先に久保田早紀(現:久米小百合)さんご本人が講演していた。
直前まで行くか行かないかと考えたが結局行かなかった(笑)。
思い出のままにしたほうがいいこともある。

オリビア・ニュートン・ジョンは先日2枚組のDVDを購入。
各世代でのオリビアが出てくるんだけど
「ん…ん、いやあ、この時期のはあえて見たくなかったなあ」
というのも確かにあったのさ。
売りは全盛期のライブ映像。
「Xanadu」ばかり20回は観た(笑)。
サビの「ザ~ナドゥ~」のところで両手をクロスさせて歌うところがかわいらしい。
実はこちらも、今年の3月(来月じゃん!?)に来日するそうで。。。

行くのか?五味誠、行くのか?(笑)
行かないんだろうなあ。


などと言ってる時点でジジイだよね。
説教じゃないよ、かわいそうだなあって話。
俺の周りにも「今の子」がいっぱいいて、常に刺激をもらってる。
彼ら共通の「音楽への道」。
今の子は大多数が『J-POPで音楽に目覚め→洋楽へ』という道をたどるようだ。

俺の時代はJ-POPなどというものはなく「音楽=洋楽」だった。
いや、もちろん邦楽アーティストで素敵な人たちはいたよ。
ゴダイゴ/四人囃子/クリエーション/ショーグン/チャー氏などなど。
よく聞いたな。
だけど当然今のJ-POPほど認知されてないし、リスナーも少なかったと思う。
それはそれで、先任者の諸先輩方は大変だったろう。

「邦楽」はそんな感じで苦戦してたけどもっと身近に「音楽=洋楽」があった良い時代だった。
week dayの夕方5時からやっていた『ぎんざNOW』という番組の毎週木曜日は
『ポップティーンポップス』という洋楽専門番組だった。
視聴者のリクエストでのランキングで洋楽アーティストのPVを茶の間に流す番組だった。
たまに、来日してるアーティストがなんと!生出演で生演奏しちゃうという今から考えるともの凄い番組だった。
デビュー当時のVan Halenが生で「You really gat me」を演っちゃう
悩殺コスチュームで人気だったThe Runawaysが「Cherry Bomb」を演っちゃう
PVはKissやQueenやAerosmithやBay City Rollersやらを流しちゃう
本当にもの凄い番組だった。

Van Halenの衝撃のデビューとSex Pistolsの奇功が毎月の雑誌で賑わい
Led Zeppelinの『狂熱のライブ』とThe Whoの『Tommy』が映画館で同時上映され
学校に行けば友達とQueenのレコードとDeep Purpleのレコードを取りかえっこし
クラスメートからの年賀状にはBostonの『More than feeling』のジャケが描かれ
Pink Floydの『狂気』を視聴してマジ怖くて泣き
ちょっと上の兄貴世代はELPやKing Crimsonを聞き
「これからはプログレだあ!」と盛り上がり…。

この時代を生きた人たちには
U2もOasisもRadioheadもレッチリもニルバーナもグリーンデイも、やはり刺激が少ないのです。

毎日が新しい音楽との出会いに満ちていて
朝、目が覚めた瞬間から「今日は○○を聞こう」ではじまる毎日。
…いや、そこは今も昔も変わらないのかも知れないけどね。

wipeからDROPにかけて、俺には二人のローディがいた。タツとクニ。
きっかけは彼らの知人からの紹介だった。
「バンドをやりに東京に出てきたけど何も形になってない。給料などいらないから色々と鍛えてあげてほしい」ということだった。

タツは2年前に俺のところを卒業(今でもたまに会うけど)。
クニは俺が動く時などはまだ手伝っている。
まだ二十歳そこそこの田舎モンのクソガキを一度に2人預かったわけだ。
ギターの弾き方や音楽理論などもちろん教えたことはない。
そんなもんは覚える気になれば自分でできることだし
だいたいにして自発的でなきゃ覚えないもんね。
俺が彼らに最初にしたことは余計なプライドや思い込みの常識を外すこと。
「おまえらが見えてる世界は俺が見えてる世界とはちがう」
ということを再三言ってきた。
「常に自分を疑え」「一見真実と見えてる裏側に真実は存在する」などなど。
哲学者でも宗教家でもセラピストでもスピリチュアル・カウンセラーでもない俺が自信満々に言ったことを彼らなりに信じてくれたかどうかはわからない。
伝わったかどうかも。

なんでそんなことばかりしたか?
俺もある知人とのやりとりがきっかけだった。
今から考えるとZEPPET脱退後の俺はその知人とのやりとりで救われたのだ。
ZEPPET脱退のトラウマとその知人とのやりとりで俺が勝ち取ったものは今も俺の考え方のベースになっている。
社会において人間の負と思える感情、例えば嫉妬・妬み・憎しみ・自分を他人に大きく見せたいというつまらないプライドなど。
自分が社会と接する上で起こる摩擦から自分を守るためにあるもの。
それらは自分を向上させるためにはなんの役にもたたないものだ。
世の中のすべてをなるべくフラットに受け入れ
善・悪や好き・嫌いなどを見極めないと。
もしかしたら目の前にある『それ』は自分を向上させるためにとても役立つものかも知れない。
自分の中にある偏見が邪魔をして『それ』の本当の良さに気がつかないかも知れない。
彼らに言いたかったことはそんなことだった。

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