舞とキッコちゃん完成字無し.jpg
私のマンガには「舞ちゃん」という名の女の子が主人公の作品が三作品もあります。

本口 舞(もとぐちまい)、風音 舞(かざねまい)、水輝 舞(みずきまい)。

※この絵の女の子は風音舞ちゃん。
バイキッズ!の一巻をお持ちの方は5ページ目の真ん中のコマと比較してご覧下さい。
昔の絵にひっぱられないようにあえて見ないで記憶のみで描いてみました。
案外覚えているものですね。
懐かしく楽しい時間を過ごせました。

いずれもスーパー女子高生ライダーというキャラクターとして、それぞれの作品中で元気よく活躍してくれました。
私の名前、「舞ちゃんパパ」はそこから作ったアカウントネームです。

まずは仕事としてこの絵をご依頼してくださった方にお礼申し上げます。
そして闘病のため絵から離れていたロートルな私をずっと応援してくださる皆様にも心からお礼申し上げます。

本当にありがとうございました!

この絵を境に、神塚 ときおは絵描きとしての復帰を宣言いたします。


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[至るまでの要約という]
※私を今日まで生かし続けてくれた全ての皆様に向けて伝えておきたい私事。


パーキンソン病を患って絵が描けなくなり、舞ちゃんが自分の中からどんどん消えていく感じは、娘を失った父親の気持ちにとても似ているのではと感じていました。

時折、メモ用紙の端っこに舞ちゃんを描こうとするも、体中の筋固縮は線を滑らせるのを拒み、手首から先に現れる振戦(ふるえ)は暴れ回る線しか描けず、目鼻口と描き進むにつれて気味の悪い”顔のようなもの”が現れてくるだけ。

絵描きがその能力を失うということは、愛娘たちの新しい笑顔を見ることも出来なくなったのだと理解するのには随分時間が必要でした。

それから何年も全く筆記具に触れることもない生活が永く続いて、読める字すら書けなくなってきた頃に昨年の友人とのグループ原画展の話はやってきました。

全てを友人たちが作業してくれるというのでありがたく受けましたが、その頃は会場への移動すらどうしようかというほどに病状は進んでいました。

いくら全てを友人がやってくれると言っても、展示する原画を選別するのは作者である私がやらねばなりません。
過去の原稿を保管箱から出して一枚一枚に目を通す作業で、久しぶりに愛娘の愛くるしい元気な姿を目にした時、何故こんなにも涙が出ているのだろうと不思議な感情に出会いました。
麻痺させていたのでしょう。
絶望から逃げられないところまで追いつめられて、あらゆる感情を自分で麻痺させていたのでしょう。
それが長く見ないようにしていた舞ちゃんたちに再会して思い出してしまい、どうしてもまた彼女たちの生きている世界を作って会いたいと強く思ってしまいました。

それからはご存じの通り、元の絵が描けるようになるまであらゆることを犠牲にして絵の能力を取り戻すことだけを望みに生きてきました。

医者に相談しても、「出来るかどうかは別としても前向きになることはいいことです」と言ってくれるものの、さすがにそれは無理という雰囲気で目を見て話してはくれません。
いつもポジティブシンキングなことしか話さない介護スタッフの皆さんも、一様にしてこの話題になると困った笑顔で話がストップしてしまう。

数多くのパーキンソン病患者を看てきた人たちがそろってこの反応なら、よほどのことがなければまた絵が描けるとかマンガ家として復帰するなぞという夢は奇跡よりももっと遠い幻でしかないのかと思い知らされました。

ですが、もう一度愛娘の笑顔が見られるなら命を削ってでもという覚悟で苦痛と絶望に耐えて描き続けてきました。
どうせやってもやらずとも耐え難い苦しい日々は続くのです。夢に向かわずただ時を過ごして命の時間を使い切るか、苦痛は増えるも奇跡を起こすつもりでチャレンジして過ごすか。
選択肢は相変わらす少ないものの、答えはシンプルに決まりました。

それからおよそ10ヶ月、平均睡眠時間は2時間を切る毎日です。
描ける方法を考えるところから始まり、腕(肘)を固定する板や、上半身を固定するよう椅子に様々な工夫を仕込み、なんとか描ける体勢をとれるようにして、そこからはとにかく昔の絵をなぞり続けました。

そして10月からは友人に液晶タブレットや最新の絵描きソフトを借りて、手ぶれ補正等の機能を細かく徹底的にチューニングして、昔の絵をなぞるのではなく新しい絵が描けるようになるまで三ヶ月。
とうとうこの新作の絵が描けるところまで来ました。
やっと愛娘の新しい笑顔に出会う事が出来ました。

感無量です。いや、それ以上の言葉で表したいくらいの気持ちなのですが、おそらくそんな言葉は私の脳内には存在していませんでした。

この身を激しく震わせて魂が焼けるように熱く感じる凄まじい感情は、きっと今の私にしか感じられないしあわせな気持ち。

今回はこの一連の流れと気持ちを皆さんに知っていただきたくこんな長文を起こしてみました。

現在の医学では進行を止めることはもちろん、遅らせることも出来ないパーキンソン病。
その病状が進めば、奇跡的に取り戻したこの絵を描く力もそう遠くない内にまた失うことになりましょう。
その限られた時間を使って私はどれだけの娘たちに出会えるでしょう。
そのためには命を削るような無理も強いられることでしょう。

ベストな頑張りだったかどうかは、あの世でしか回答を得られない仕組みになっているようなので、生きている間はどれだけ自分がその願いをかなえたいのか、周りにどこまで面倒をかけてでも生きさせてもらえるよう頼むのか、全ては自分で決断してただ粛々と実行していくだけです。

さぁ、これで私の中でかつて生きていた「神塚 ときお」というマンガ家さんはまた私の中にもどってきてくれたようです。

とても長いブランクもあり、歳もとっているので若い頃のようにはいかないでしょうけれど、長く生かしてもらった分、頭の中で熟成させたスキルを使って励んでいこうと思います。
ここからはリハビリではなく、難病患者がよりしあわせに生きるために選んだ絵描きとしてのライフワークとして活動をスタートさせます!

私の描く絵が、誰かのしあわせにつながるアクションになっていると信じて描き続けてみます。
どうか今後も今まで通りに私の生きる道筋を照らし続けて下さい。

平成30年 1月25日 神塚 ときお