クリスマスの定番、シュトーレン。
店頭にならぶと、クリスマス実感する。
固めのスポンジ生地に、たっぷりのレーズン
胡桃や、アーモンドもぎっしり入って、
粉砂糖、シナモンパウダーが心地よい。
ヨーロッパでは、クリスマスといえばシュトーレンは習慣だけど、日本でコンビニに並ぶのは最近。
写真は別格。
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息子に彼女が出来たらしい。
彼女だろうか、彼氏だろうか。
どちらでもいい。
お互いを大切に想いあっているのなら。

悪夢の2020が過ぎようとしている。
悪夢かどうかは、心の持ちようだが、
残念なことに、さらに悪化している。

林檎も、恋人たちを連想する。
アダムとイブの逸話からかな...
昨年の長野の台風19号豪雨による千曲川決壊で、林檎農家の半分が畑を畳んだらしい。

今年の5月に、泥に見舞われた畑の木に花芽が付き、その後無事 林檎が実ったと、農家の方々が涙していて感動した。
定形外の林檎を加工して、ワインよりアルコールの少ない8%くらいのシードルというお酒、
ワインほどには、あまり知られていないが、
ワインよりジューシーで飲みやすい。
長野から、発信し全国に知って欲しい。

台風19号豪雨の後に起こった熊本の豪雨災害。
2年前の熊本地震で熊本城もまだ再建途中である。今回の豪雨で直撃を受けた人吉市も復興半ばである。

このコロナ第三波で、大ちゃんのNEW YEARS DREAMも行けないから、
数回行ったことにして、熊本に寄付することにした。
微力だけど、

クリスマスにNHKでの特集
John  lennonの没後40年に当たる2020、ダブルファンタジー展が、東京、六本木で開催された。
世界を震撼させたコロナ禍に、リモートでイマジンが世界中で歌われている。
イマジンは、人類の危機に救世主の祈りにも思える。

Johnの命日に、毎年、銃弾に倒れた時Johnがつけていた眼鏡を窓辺に置いて撮影しているヨーコ。
銃社会への無言の抗議が、胸を打つ。

あちこち話しが飛ぶのだけど
クリスマスに思うこと、呟いてみました。



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連日の感染情報、医療の逼迫、マスクの不足
遠く離れた世界各地で今も続くロックダウン、パンデミック。
不安要素には十分すぎるほどの、閉塞感の日々。

そんななかで、ネットを駆使した、配信技術で、
無償で1カ月、毎晩ピアノLive配信された日本を代表するピアニストの方、リモートアプリでレミゼの民衆の歌配信された俳優の方々。
人の叡智と慈愛は、絶望に一筋の光明を差す。
芸術は、人の心に寄り添う不可欠な要素と改めて痛感する。

実際音楽劇モンテ.クリスト伯の稽古中も感染者の発生でキャスティングの変更を余儀なく強いられて、初日が公演中止となる。
公演2日めに無事開演出来たのは奇跡に等しかったに違いない。
好きで感染する訳でなく、無事千秋楽を迎えられたのも、彼らの祈りにも似た無念の想いも後押ししたことだろう。

席数も半減、前例3列は空席。宝塚ファンは、チケットを購入し、売る事もなく寄付とした空の良席が目立っていたとのこと。
演者も観客も想いは痛いほど同じで、出来ることは限られているが、離れていても熱い想いが舞台に注がれる。

主演の鳳稀かなめさんの、穏かでポジティブな存在感は、カンパニーの方々が安心感に包まれたことだろう。
大ちゃんの、キャリアと生来の明かるさで出演者が鼓舞されたことだろう。

巌窟王の物語をオリジナルにアレンジした、劇作家デュマの妻カトリーヌと、息子フィスが構想したという大胆な発想から始まる。
かなめさんの、カトリーヌとメルセデスの見事な演じ分け。
関わる人すべてが登場人物という、母のようなたくましさで物語を作り上げるカトリーヌ。憎しみもまた愛、という人生を重ねて得る耐性と博愛。デュマとカトリーヌの奥深い絆。
対する、疑うことを知らないメルセデスの初々しさ、可愛いらしさの2役を演じ切っている。
同じことを大ちゃんは、3者実現していて、中でも、裏切られたと知り、復讐を誓う獄中のエドモンの熱演は、川崎麻世さん演じるファリア司祭との相乗効果でクライマックスへといざなう。
大ちゃんの魂の底から発する美声も更に磨きがかかっている。

カトリーヌの息子のフィスは、明かるい、コケティッシュな魅力で大ちゃんに最も近い。
屈託がなくて、マリーとじゃれ合うような恋仲。
デュマの奔放さを包んでいながら手玉にとる才女のカトリーヌと、
デュマ小説工房は、西田監督らしい茶目っ気に満ちている。

モンテ.クリスト伯の、地獄を経て、自らの命より重い復讐に身を委ねるが、高貴な育ち特有な落ち着きと、優雅な物腰は、1789のデムーランを思い起こさせる。
物語は復讐劇で、策士的に復讐を遂げるが最後はどこまでも慈悲深く、希望に繋がるエンドレスに想像を掻き立てる。

幸いにも、千秋楽を配信で観ることが出来、会場に行けなかったが、懸命に舞台を届けようとする関係者の方々の、想いが伝わって、カーテンコールでの一人ひとりの挨拶では、涙が溢れた。

なんの気兼ねもなく、観劇できる日は来るのだろうか。
舞台と客席が一体になり、感動を分かち合い、惜しみない拍手を贈る日を心待ちにして止まない。

大ちゃん
頑張って、素晴らしい舞台創ってくれてありがとう。
この厳しい状況下で、足を運び拍手を贈ってくださった観客の方々も、感謝の念に絶えません。
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3月10日
  大ちゃんが、切磋琢磨したキャストの方々と共に、駆け抜けた、フィナーレを、
  大ちゃんの、新しい挑戦の、集大成の姿を
  この目に焼き付けるはずでした。

  叶わなかった、
  世界を巻き込む感染症の蔓延の前に、
  政府の意向を受け、2月26日を最後に公演中止となりました。
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  近未来的なステージアラウンド。
  見たことのない、可動式巨大高さ8mのスクリーン。
  計算され尽くし、見事に再現された、NYマンハッタンウェストの街路。

  1957の、移民闘争を背景に、繰り広げられるエネルギッシュな若者達。
  sharksとjetsの抗争は、対立が高じ、武器闘争となる。
  マリアと、トニーの運命の出会い。
皮肉にも、2人の関係が、更に対立を深めていく。

 警察の在り方も、組織的に機能せず、現場任せ。
苦虫を噛み潰しながら、小競り合いの対応に追われる、シュランクとクラブキだが、精神的に磨り減り、本来の道理から逸脱していく。

プエルトリコ系移民の、マリア、ベルナルド、アニータ。
  家族愛が、前面に表現され、対象的に、ポーランド系移民のリフ、トニーは、個々の集団だが、
仲間意識で繋がっている。
  ドクという、見守り役の中年もいる。
  アニータが襲われた時も、怒りに身を震わせ、若者を諌める。
  興味深いのは、エニバディという男勝りの女性。
荒くれのなかで、仲間と認められ、役割りを果たしている。

  争いなど望まずとも、差別され、蔑まれ、人としての尊厳が失われる環境にあっては、自らを守る術は、手段を選んではいられない。

  それぞれの役どころを、深く理解し、
絶望のなかにも、1人1ひとりの、生き様が映し描かれる。
  血気立つ強気な流れは、冷静さを欠き、やがて人命を断つことに。

  自由が、他人を傷つける上に成り立たない、その原則に、やっとの事でたどり着く民衆。
  その代償は、大き過ぎて、胸を抉られる。
  この物語も、倫理が、まだ途上段階である。

  ベセスダ公園でのマリアの叫びが、それを物語り、
未来を指し示す大天使が、争い傷付け合うことの愚かさを諌めるが如く、静寂が鎮魂を誘う。

  season2の、キャスト陣に、魅了され、いつか全く同じキャストで、アラウンドでと、願わずにいられない。
ただ、このcrisis的状況は、まだ余談をゆるさず、
終息にはほど遠いと言わざるを得ない。

  けれど、上演出来た中止されるまでの、WSS2は、
大ちゃんが、ひとつひとつ生き抜いた、渾身のベルナルドで、
  幸運にも、1回限りだったけれど、観ることが出来た。
  胸に深くきざみ、
炎が、燃え尽きる前の一瞬のごとく美しく、
鮮明に記憶に残っている。

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