ーー脱皮ーー


四分の4拍子、アレグレット「少し速い速度で」…

心地よい波が押し寄せるようなメロディ

なのに、ゆっくりとした流れから始まるのではないこの曲…


ありがとうを伝えるべき人を頭に浮かべ課題曲の審査が始まった…


〝  …こぼれた ひかりを
         だいじに 集めて…
       いま 輝いているんだ…  〟


練習を重ねてきたこの歌を、私は大事に大事に歌う。

おそらく…今、普段よりはちょっとだけ輝いているに違いないと信じて。


どちらかと言うと14歳の今まで「石橋を叩いて渡ってきた」私だった。

たくさんのことを考えすぎてしまうところのある私だった。


〝信じた この道を…
        確かめていくように …
 …いま ゆっくりと歩いていこう 〟


瞳のきれいな私のマネージャーさんは彼の語録が作れそうな程、たくさんの「言葉」を与えてくださる…

いつだったか、この歌詞に似たような言葉をいただいたことがあった。

私はそういった数々の言葉に生かされて…今、ここに立っているんだ。

そう実感した。

(今日、ここに立てたことに感謝しよう。)


正直、少し間違えたところがあった。

でも、堂々と歌いきったわたしは
にこやかで、どこか爽やかで…

何かから抜け出した様な、どこか一皮むけた様な気分だった。


(すべったって、転んだって全然大丈夫!
だってアイドルになりたいんだから…)


ふと気づくと…
社長が微笑んでくださっている。

事務所で一番キリリとした強面のマネージャーさんや、
一次審査の時に質疑応答を進行してくださったポニーキャニオンの方のお顔も見える…

ギャラリー総勢20〜30名程の方々が私を見ている…

ただただ…嬉しい気持ちだった。



興奮冷めやらぬうちに…

次なる審査課題を告げられた。

次は「即興ダンス」だった…

急に先生が現れ…

ビートの効いた音楽が流れ…

振りを短時間で覚えるようにと…

(どうしよう…不安。でも、ここまできたんだから、きっとやれる!やるっきゃないじゃん!)


再び緊張のボルテージが上昇した。

(2016.6.26)




ーー焦燥ーー


熱気に包まれた部屋は不思議な空気感だった。

それはまるで猫型ロボットとマシーンにのって過去や未来に旅に出るようなぐるぐるした景色。



ピンと姿勢が良く、サッサと滑るように歩く…

芥川賞作家になった芸人さんの「先生」じゃない方に見た目が似た、そのダンスの先生は…

とても優しい声でひと振りひと振り説明を始めた。

全員が一斉に先生の模倣をして動く…
ワン、トゥー、スリー、フォー、、、

…カウントが始まった。


私は脇目も振らず必死でその振りを頭とカラダに叩き込んだ。

音楽がかかった…

リズミカルなその曲は、CMにも起用された聴き覚えのある曲だったが、途中から少し変速になる…

振りは簡単なようでなかなか難しい…
特に足の運びと向きが。

注意深く聴き、よく考えて動いたが…

事務所に入ってから始めた私のダンスは…

全てがバスケのディフェンスに見えてしまうほど…酷かった(泣)

焦燥感ばかりが増す…

(あーピンチだわ~。よし!とにかく笑顔で、振りは大きくって事務所の先生に言われたようにやってみよう!)

自分に言い聞かせ、当たって砕けろ精神が宿った私は強くなった…

(醜いアヒルの子だって、いつかは白鳥になれたじゃない!なんて無関係な事が頭をよぎる)

音楽に合わせてリズムをとって…

白鳥が飛び立つイメージで、大きく手を動かして踊り始めた。

どう見えるのか?なんて考える間もなく…
先生の拍手の合図でダンス審査が終了した。

あっさりすぎて…怖いくらいだった。

審査員席に座る麗奈ちゃんは、相変わらず眼鏡で遊んでいる…

(なんてかわいいの⁉︎)

そんな麗奈ちゃんの様子をチラ見した私には…

再び質疑応答の嵐がやって来るとは…

想像していなかったのでした。

(2016.7.2)



ーー出立ーー


カーリー・レイ・ジェプセンの「I Realy Like You」

恋に落ちる前の女の子のピュアな気持ちを込めた歌詞…大好きな曲の一つ。

好きな曲で心地よいビートを刻めたダンス審査は無我夢中のうちに終了した…


少しだけ息が上がっている…


少し難易度の高いステップが難題だと思ったが、"アイドルになりたい私の研究DVD"の幅を男子グループまで広げていたから同じようなハードなステップはクリア!


(なんて私ってラッキーなの!)


…チャンスの神様の前髪を掴めそうな気がした。



ダンスのおかげかアドレナリンがゴーゴーと流れている音が聞こえるようだった。


(ここまでは何とかなってる!よし!)



…息つく間もなく…その場に用意された椅子に順に座った。


(げ、次はあの質疑応答だ!)


ダンスの熱気から打って変わり、会場の空気は一変…静かになりつつあった。


私はさほど構えることなく、自分の番が来るまでには心を落ち着かせることが出来た…

なぜなら頭の中で先ほど歌った「ありがとう」がバックミュージックのように流れていたからだ。


(ありのままを一生懸命に答えよう!)


いよいよ…2回目の質疑応答が始まった。


1つの質問に対して順番に端の人から答えていく…


今回は、ベテランな雰囲気の方が進行役をしてくださる様子に…少し背筋が伸びた。

一次審査の時のわりと若くて、とても話しやすい方(後にわかった事には、リード曲に出てくる"マジですよとシマムラ"のシマムラさんだったのでした)も同席し、こちらを見ている…


進行役の方の準備が整った…

思わず私はゴクリと喉を鳴らした。

(平常心だ、杏奈!)


新たなる自分との戦いが…

出立の時がきたのだ。


(2016.7.7)

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