こんばんは、マチゲリータです。


掲題の「目に見えぬ物」に関してですが……


実は今日、わたくし「厄祓い」に行ってきました。


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去年は前厄、今年は本厄。


仕事柄色んな場所へ行ったり、ライブで体を使ったりするものですから、「無事でありますように」としっかり神様にお願いしています。


実際その場に行ったからといって、何かが見えたりするわけじゃないけれど、個人的には神様や霊は信じていて……


(人がなぜ神を信じるようになったのか?とか話すとまた違う話になってくるので割愛笑)


うちの家系はよく見る家系でして、昔からそういった話だったり、自分もそういう体験をしているので、「目に見えない人達にもきちんと接しなさい」という考えで今まで生きてきたせいか、そういった点も含めて、目に見えない存在を信じています。


(これをこうして書くと毎回「なんだコイツの家大丈夫か?」とか思われてしまいそうでちょっとアレ……)


今はほぼ見えず、7歳くらいまではよく見た記憶があります。


科学的に証明出来ない物は、いわゆる一般的な常識の上では「無い物」として扱われているわけですが、


その割に、みんな「神頼み」するのは何か違うのではないかと日々思っていて。


目に見えなくとも「居る可能性」は無きにしもあらずだと考えています。なので、そこは誠実に接してもいいんじゃないかなと思います。


これは個人的な考えなので、色んな考えを否定する事ではないのですが……


神様に関しては、絶対的に神として崇める、とか、個人的にはそういう話ではなくって、「こちらも頑張るので、良ければお力添え頂けませんか」という雰囲気でお願いしにいきます。


死んだ先とかまったくわかりませんけど、人と人とのかかわり合いの上で考えて、死んだ後にその世界があったとして、そこに誰かが居たとして……ということを考えると、そこで「存在しない物」にするのは、やっぱりなんか違うんじゃないかと思うわけです。
 

 実際科学的な見解としては、厄年という物自体「年齢の節目で、体の環境が変わる事によって起こる不利益な事象」という認識で、それも最もだと思います。


でも、現実を疑うわけではないのですが、昔からこういった「霊」や「神様」がどこの世界でも根付いているということは……という可能性もあるわけです。


ううーん、色々とまとまりませんが、


とにかく、世界ってふしぎ……。


しかしなんとも、炎の揺らめく前でお経が唱えられ燃え上がる炎越しに見える神様の像は、今生きている人に何かを伝えているような、そんな気がしました。


とりあえず神様、そして俺に関係のある仏様、引き続き頑張るので、厄除け、日々のお力添え、宜しくお願い致します笑

 
(vW‿ゝ◉`)マチゲリータ 


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マチゲリータ 単独公演 2015
「Tokyo 404-Not found- Room」
8月7日開催。

詳しくは公式サイト
http://www.machigerita.com/

(Thank you SOLD OUT!!チケットは完売致しました。ご了承ください。) 

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