気づけば5月が過ぎ去り6月になりました。
ちゃんと夏みたいな暑さがきてて、梅雨みたいな湿気もあって
毎日少し不快に思いながらも好きなことを考えて暮らしています。

振り返ることがあるのかないのか不安だったので触れておくと
Cuonのリリースイベント
そしてaquarifaの復活
沢山の方に支えていただいて見ていただいて本当に嬉しかったです。
ありがとうございました。

どちらも色んな反省点はあるけれど
これからこういうことをしたい。
こんなことをしたらどうかな。と浮かぶことが沢山あって
それを考えている時間も今は足りないけれども嬉しい時間の一つです。
歌って届いている感じを実感できて、ちゃんとそれを楽しいと思えたあの時間たちはどちらもちゃんと幸せでした。

次のライブがあったりお知らせもこれからできるようにと思っているので
これからも見守ってもらえたら嬉しいです。

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好きな食べ物はそれなりにあるのですがなんだろう。
うーん。わらびもちでいっか。

例えば、一個10万円の高級わらびもちがあるとして、それはもう美味しくてなかなかに食べられない代物です。

そんな代物食べたこともないから味もわからないけどそりゃ気になる。と。
なんとそんなわらびもちが無料で食べられます。
でもそのためには、自分の時間と精神を犠牲にして、自分が苦手だなぁと思う会社に乗り込みそこの社長と会食をしなくてはいけません。

それに比べて、一個1000円(でもまぁ高めだけど)の手の届く値段のわらびもちを半額くらいで
楽しく大好きなお友達と食べれます。

ってなったときに
もちろん10万円のわらびもちは食べたいんだけど、1000円のわらびもちを選びたくなってしまうんだよね。という話で。

値段はさておき、わたし美味しいものを好きな人たちと食べるのが好きなんですね。
たとえそれが高級海鮮料理であろうと、町のカフェとかであっても、好きな人たちと気兼ねなく食べたりするのが好きなんです。

もちろん10万円のわらびもちを好きな人たちと食べれたらそれに越したことはないんですが
安いわらびもちでも一緒に食べる人がわたしにとっては割と大切なところで
挑戦しないとか、逃げるとかそういう風に言われてしまうかもしれないけれど
辛い思いをしてまでそんな大層なものを食べることにあまり執着がないのかもしれないです。
言い切れないからわからないけれど。

そんなことをねひとり考えていたら眠れなくなってしまってこんな時間になってしまいました。

わたしは高級わらびもちを食べたくないわけではなくてそこに行き着くまでの過程も大切な人や好きな人たちと過ごしたいだけなんですよね。
一緒に過ごす人たちが大切なんです。
だから嫌だなって思う人とは極力いたくないんですよね。
でもそれが叶わないときも勿論あると思うし、そんなこと言ってないで頑張らなきゃいけないときもあると思うし
それもわかっているので、今年は高級わらびもちを食べれるように頑張りたいと思います。
でもいつかは高級わらびもちを好きな人たちと食べに行くんだ。
そう思えたらなんか眠くなってきました。

いい夢をみてください。
おやすみなさい。

人としてのタイムリミットがあって
それがいつ来るのかわかっていたら
もっと大切なことや人を大切にできるのでしょうか。
なんて。

今年に入ってから再開したり新しいことを始めたりして、色んな人に色々やってるね。と言われることが増えました。
見てもらえていることも有難いし、心配もおかけしていることもあるのかなと思います。
なんで?と言われると、きっかけはすごく小さいことだったりもあるけど
なんとなく、いつ死ぬかわからないから色々やりたいことをやっていこう。って気持ちがあって
(かといってべつにどこか体が悪いわけじゃない、というか調べていないのだけど安心してください◎)
色々やりすぎて本当にやりたいことを見失ったりしてるんじゃないかな。とか
自分でも自分に問いかけたりするんだけど
今は今でこれをやり遂げた先が見てみたいなという気持ちもあって
逆にいま大切なことやものも見えてきたりもしているので
学ぶことの多い日々だなぁと思います。
今年の目標は 余裕を持つ。
だったけど、なんだかんだ時間は足りなくて…達成できるのかなとか思いながら
そんな中で自分が何ができるのか精一杯足掻いてみます。






今年の目標を掲げていた1月後半から気づけば5月ですよ。
タイムスリップかな。ってくらいに早いなぁ。

平成が終わり。令和が始まりました。
自分の生まれた平成という時代が幕を降ろしたことに実感はないのだけど
刻々と時は過ぎ去っていくので
そのうち慣れてしまうのだろうなぁと思います。
慣れは良くも悪くも何も感じなくなる気がして、怖いな。

愛着のある平成でした。
令和も好きになれたらいいな。

ゴールデンウィークがお休みだったわけではないのですが
いろんな人に会えて充実していたのもあって、終わってしまったら何だかすこし空っぽな感じになってしまって
朝、ぼーっとしてしまったり、朝食を食べながらどこか遠くを見つめていたり。。
そんな話を人にしたら
「それどころではない。」と
正論すぎてなんも言えないけど、主に自分の甘さへの劣等感が炸裂してしまって
そうだよねー。えへへ。しか言えなかったというお話。
当たり前のことすぎて、勿論そうなんだけど。
楽しかったあとの虚無感って、楽しかったことが、あの時間がもう戻ってこないことがわかってるから空っぽになるんだと思っていて
そんなことにいちいち絶望感抱いてたらキリがないと思うんだけど
楽しかったなぁ。とか、また会いたいなぁ。とか
そういう瞬間に希望を抱いちゃうような、小さい頃みたいなことを
きっとこれからもしていくのだと思うし、あまり忘れたくないなとか思ってしまうたちなのだなぁってここ何日間か思ってました。
そんな一言に引きずってお馬鹿なのかもしれないんですけど。
その人にとっての「それどころ」はわたしにとって意外と大切な気持ちなのかもしれないと思いたかっただけなのかもしれないです。

でも甘えてばかりじゃ勿論ダメだから楽しみなことを自分で作ってやっていきたいなって思います。

誰でもいいとか、なんでもいいとか
我儘かもだけどそういうのがやっぱり嫌で
自分じゃなきゃダメなものとか
そういうものに特別感を抱いてすがって生きています。
これからそんな場所を増やしていきたいです。

おやすみなさい。

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