コメント出来ないので、リブログで失礼しますm(_ _)m
大島さん(おゆさん)お誕生日おめでとうございます
30代、後半?いや、ど真ん中!😁

どうか1日でも幸せが増えますように。まぁ、この幸せというのは、特別大きなものじゃなくてもいいんです。おゆさんも言うとおり、毎日の何気ない幸せ、それがこれからもずっと続けばいいなと、陰ながらお祈りしています🤞🌠
そして、落ち込むことや、涙の日が、1日でも少なくありますように。
それはかこちゃんにも同じことです😌

(もちろん、かこちゃんのパパにも、同じことです😌)

笑顔の日が1日でも増えますように✨
おゆさんは、おゆさんらしく!そんな姿をずっと応援しています
輝かしい1年をお過ごしください😆🙏

って本当にすごいんですよ!!

枕は以上(短っ!)ここから今日の本題、「五輪金メダルってすごい」です。

まず、私は全てのフィギュアスケーターを尊敬します。だって考えてみてください。あのたった一本の刃がついただけの靴で氷上を自由自在に動く。陸でさえ難しい回転ジャンプを氷上でやっちゃう。キャメルスピンやシットスピンなんて陸では不可能です。
だからフィギュアスケーターってだけでもすごいことです。
それを前提に、ここからピラミッドを作ります(上にいる人が偉いというわけではなく、数が限られているためにすごいことだと言いたいのです。すごい=それを出来る人が少ない)。

フィギュアの発表会に出られることはすごい。
県内の大会に出られることはもっとすごい。
そこで優勝やメダルを手にすることはもっとすごい。
地方ブロックやインター大会に出られることはもっとすごい。
そこでメダルを獲ることはもっとすごい。
全日本選手権へ挑戦出来ることはもっとすごい。
全日本に出られるだけでも本当にすごいことです。

国際大会に日本代表として派遣されることはもっとすごい。
そこでメダルを獲ることはもっとすごい。
世界の強豪が集まる大会で結果を出すことはもっとすごい。
強化指定を貰うことはもっとすごい。
GPSに出られるだけでも本当にすごいことです。

GPSでメダル、まして優勝するのはもっとすごい。
GPFに出られることはもっとすごい。
日本代表としてチャンピオンシップに出られることは同じくらいすごい。
世界選手権に出られることは本当にすごい。
世界でメダルを獲ることはとてつもなくすごい!

それを全て叶えてきても、五輪に出られるわけではない。
何年現役のキャリアを積もうとも、一度だって五輪に出られない人のほうが圧倒的に多い。
だけれど彼らは前述のような功績をあげてきた。ひたすらにすごい。

そんな中で、五輪に出られることは本当にすごい。
複数回出場することはとってもすごい。
そこで、ひとつでもメダルを獲ることはとんでもなくすごい。
それが金メダルならあまりにもすごい。

まして、複数回の金メダルなら……それが連覇なら……想像がつかないほどすごいわけです。
羽生さんはそれをやってしまったわけです。

結論。どのフェーズにいる人も、本当にすごいんです。尊敬しかありません。誰かと比べて、すごくない選手なんていないんです。
どんなキャリアであれ、そんなすごい選手を、キャリアの終わりまで、さらにはその後まで応援出来ることは幸せです。



もちろんフィギュアスケートの話題から。ここでは、長い・細かい・マニアック・ポエムチック・自分語りすぎる等々の理由でTwitterに載せるのを見送る内容を綴ります。つまり、基本的には上記の特性を持つ記事です。

2018年3月16日。忘れられない日になりました。大学の卒業式。大ちゃんの32歳の誕生日。ここまでは予定の範囲内でした。そこに降り掛かってきた、むらくんの引退。余計に忘れられない日になりました……

思えば、フィギュアにハマったのがバンクーバー五輪、大ちゃんの銅メダルを見てから。そこから早8年……いろんな選手を見てきました。基本国内外カテゴリ問わず全員応援スタイルですが、全員に平等の全力を注げるわけではないので、どうしても環境やタイミングによって肩入れする度合いや時間が違ってきてしまいます。そんな中、キャリアを通じて五輪に出ることがなかった選手を応援出来たのはむらくんが初めてかもしれません。そんな選手だって、ごまんといるんですけれども。
ただ、フィギュアにここまでハマっていなかったら、五輪実績のない選手をこんなに深く考えることもなかったと思います。このことこそが、私がバンクーバーよりも深くスケート自体を好きになったことの証明なのかもしれません。

さて、枕はこのくらいにして(長ぇよ!
今日の本題は、ファンにおけるニワカ・新規・古株・老害について考える、です。

私は自分を永遠の新規だと思ってます。でもニワカではありません。そしていつか古株になっても、老害にはなるまいと固く決意しています。
大ちゃんのファンは8年やってるわけですが、せいぜいバンク落ちなので、それ以前から応援している人に比べたらひよっこもいいところです。別カテゴリで言えばKAT-TUNなんてデビュー時から見ているけど、Jr時代から見ている人にはかなわない。また最近は、むらクラスタさんともお話することが増えたんですが、私がソチ頃落ちなのに対して彼女たちの中にはシニア上がり(バンクより前)から見ている人もいるわけですから、私なんぞ端っくれの端っこです。
そんな折。新規への入り口ってどこか、古株にはどうやったらなるのか、ニワカや老害と揶揄されるのはどういう違いなのか、と思うわけです。

大ちゃんのファンになったのは、奇跡がいくつも重なってます。全てバンクーバーですが、
もしSP3位でなかったら、「初メダルの期待!」というニュースに煽られなかった(注目しなかった)かもしれない。
もしFSからの銅メダルを獲らなかったら、「あーあダメだったかー」で終わっていたかもしれない。
そして、もしEXでやった曲が私の琴線に触れなかったら、「ただのすごい人」で浅く終わったかもしれない。
その後書くときりないんですが、つまりどんな瞬間も欠かせないんです。しかし、ひとつひとつの動機はとっても浅いもの。そこをきっかけに進み、フィギュアスケートという広い世界を知ります。そこからさらに、自分の好きなポイントを見つけて、深く深く入っていく……
ファンの構造ってだいたいこんな感じなんじゃないでしょうか。これを図式化してみます。(下手くそすぎてすみません)
sketch-1521422144884.png

入り口は浅いもんです。「ジャンプがすごい!」「メダル獲った!」「衣装かわいい!」
そんなところから入っていき、広い世界に出ます。細かく言えば、フィギュアスケートはジャンプだけじゃない、ステップも華麗だし振り付けもこんなにある、そしていろんな選手がいる……視点がどんどん大きく多様になっていきます。
新規さんはその視点が少ない、あるいはまだ広い世界に至っていない。古株になる人は、視点の数が多く、また多岐に渡っているのではないでしょうか。
さらに極めていくと、自分だけのマニアックなポイントに出会います。それは、ある程度の知識に裏付けされたもの。「チョクトーやロッカーの美しさ」「地方で頑張る選手の応援」「プログラムの芸術的背景と価値」……広い世界から、また狭くなっていくように見えるのですが、彼女たちは広い視点を捨てたわけではありません。

ところでニワカというのは、浅い入り口ののれんをちょっとあけて、からかうように楽しんで、広場にたどり着く前に帰ってしまう者です。五輪の時だけ騒ぐような人たちですね。まぁ、そういう方は縁がなかったと思って帰ってもらえばいいわけですが、
老害と呼ばれてしまう理由。それは、ニワカ感覚のまま月日だけが過ぎてしまったからです。つまり、広い世界を通っていない。視点がとても少なく偏っている。そのまま穴を掘るもんだから、その洞窟はとても閉鎖的・排他的で、他の人が発掘する隙間を与えません。結局、物好きのお局が集まる居心地悪い世界になってしまう。

まとめると、新規→古株、ニワカ→老害で、2つを分けるものは「広い世界で視点を得るかどうか」だと思います。
古株の方々は、ぜひ積極的に、新規を招いてほしいものです。その際、広い世界を必ず通すことを忘れずにいてください。

現役の大ちゃんを応援していた約4年間より、今のほうが確実に視点も深く、増えている。だから時々思うのです。
今のファン深度を持ったまま、バンクーバーに戻れたら、大ちゃんをもっともっと深く応援出来たんじゃないか、と……
しかし時間は戻せない。また、北京冬季五輪ごろになって、「この深度で平昌までの〇〇を見ていたら」って後悔するのは確実です(笑)
だからこそ、私は古株さんのよいところを見習って、視点をどんどん濃くしていきながら、今頑張ってるたくさんの選手や、引退してもなお輝くスケーターたちを見ていきたいです。一瞬を後悔しないように……

初投稿がこの長さ。先が思いやられますね!
万が一にもここまで読んでくださった方へ。お疲れさまでした。

私のLINEブログは、こんな支離滅裂な駄文になると思われます。

↑このページのトップへ