月別アーカイブ / 2020年01月

合田です!

1/25、ALL TIME SUPER TOUR13本目水戸LIGHT HOUSEでした!
来てくれたみんな、ありがとう!
いっぱい来てくれたね!
感謝!
水戸は2011年の10月以来だったっぽくて。
しかもイベントだったのでワンマンはそれ以上空いてることになる。
ごめんなさい。。。
名物店長の稲葉さんとはいろいろやり取りをさせてもらってて、一昨年だったかな、直電で「まじでそろそろ来いよ!」「行きます!」ということで水戸を入れたわけ。
ほんとに行けてよかったと思う。
茨城県民の方がたくさん来てくれて、終わった後に力強く「また絶対に来てください!待ってるんでぇぇ!!」っていろんなお客さんに言われて。
気が引き締まる思い。
また、行く!
必ず!
セットリストはこんな感じ。

1.闇を暴け
2.プリズム
3.月光少年
4.壊れてくれない
5.loop
6.きらりいろ
7.シューゲイザー
8.体温
9.決戦前夜
10.シンドローム
11.サイダー
12.プルケリマ
13.夏の匂い
14.桜日和
15.神様なんていない
16.白い声
17.スターマイン
18.アウトマイヘッド
19.はじまれ
20.スモールワールド
EN1.アス
EN2.何も怖くなどなかった
EN3.カナリアボックス

2020年に入ってからさらにベスト感をましたセットリストになっていると思う。
「ALL TIME SUPER BEST」に入ってないけどベストな曲ってまだまだたくさんあって。
あと7本、もっともっと満足してもらえるように突き詰めていきたいと思う。

バンドマンならではの悩みというか、たぶんみんな思ってると思うんだけど、もっともっといろんな土地でライブをしたい。
本当は47都道府県ライブをしたい。
我々の力不足もあり、全国隈なく回れないことを申し訳なく思う。
ごめんね。
その土地土地の方はもちろん、全国各地から遠征してくれる人もいて、感謝しかない。
ツアーが進むにつれてその思いが増していく。
水戸の日、ラジオ収録等でお客さんと触れ合う機会があって、先日のブログやLINE LIVEで伝えた独立の話で心配してくれる人が多くて。
本当にあれよ、心配しなくていいからね。
ライブしなくなるわけじゃないし、ましてや死ぬわけでもないし(笑)、俺らは夢を諦めたわけではなくて、やりたいことがたーっくさんあってそれを常日ごろ追い求めている。
その中で今回のような転機があるのは当然だと思うし、こないだブログにも書いたけどチャンスとしか捉えていない。
そりゃあ大変なこといっぱいあるんだけど、メンバーみんな不安はありつつもわくわくしながら進んでいる。
まずは残り7本、全力でやらせてください。
その先はそれが終わってから見えてくると思う。 
いやぁ、あと7本かぁ。
ドキドキする。
確実に今までと違う。
多くの方に来ていただけますように。

1/31(金)Shibuya TSUTAYA O-Crest(SOLD OUT当日券なし)
2/8(土)福岡DRUM SON
2/9(日)愛媛新居浜ジャンドール
2/11(火祝)岡山CRAZYMAMA 2nd Room
2/15(土)大阪梅田TRAD
2/16(日)名古屋ELL
3/12(木)Shibuya TSUTAYA O-EAST(FINAL)

チケット、まだまだ売ってるからぁぁ!!

ぴあ
ローソンチケット
イープラス
合田は今ポジティブにバーニングしている!

ポジティブ!

バーニングッッッ!!!
20200125_210310.jpg

メメントモリという言葉は
ラテン語で「死を想え」
自分がいつか死ぬことを忘れるな
という意味で
元々はキリスト教の言葉だそうで。
俺がメメントモリという言葉を知ったのは
高校の頃、Mr.Childrenの曲からだったんだけど
死を想え、という言葉の強さから
解釈の仕方がいろいろあるみたいで
でも元々は
いつか死ぬ=だからこそ今をしっかり生きよう
みたいな前向きな教えだったようです(諸説あり)
2012年
ボビーが死んで
大学の理工写真部の仲間が自殺して
バンド仲間が自殺して
身の回りの人達が突然いなくなってしまった。
誰かが死ぬ、ということは
生き残った人がいる、ということで
当たり前だけど
生き残った人達はこれからも生きていかなければいけない。
悲しみや後悔を抱えたまま。
でも、悲しみや後悔を抱えたまま
喜びを感じることはまるで罪みたいに
死んでいるように生きていくのは
あまりに残酷じゃないか、と思った。
生き残ってしまった人達を
自分自身も
他人事のように見ている自分がいて。

悲しみや後悔を抱えたまま
それでも俺らは生きていて
それでもそばに大事な人が生きていて
悲しみや後悔を抱えたまま
それでも生き残った俺らは
笑ったっていいじゃないか
幸せになったっていいじゃないか
悲しみや後悔を抱えたまま幸せになるのは
不幸なまま目を閉じて死んだように生きることより
逆に辛いことかもしれない。
それでも。

そういう中でメメントモリの曲達は出来ていって
アルバム名を考えなきゃ、の段になった時
アルバムの曲達から
キーワードをいろいろ考えていたのだけど
「生」と「死」しか出てこなくて
そしたら自ずともう
メメントモリというタイトル以外
考えられなくなった。
そういう話をしたら
メンバー、スタッフみんな
そしたらもうそれしかないよな、と。

で、楽曲も出揃って
アルバムタイトルも決まって
そこから、何か冒頭のSE的なものがあるといいね
って話になって
そこからメメントを作った。

メメントの意味は想う、モリは死
なんだけど
メメントには「形見」という意味もあるみたいで
なんか、宇宙の果てや深海の底で
もし俺が独りぼっちで死ぬとしたら
最後に誰を、何を思うかな
と想像しながら曲を作っていった。

ピアノは全部打ち込みなんだけど
前にも書いたけど
ピシッと打ち込むと
機械~って感じになるので
1音1音ひとつずつ音をずらして
わざとヘタクソにして人間ぽくしている。
ここは小指だからちょっと弱め、とか。
テンポも感情を込めるところはタメるから、と遅くしたり。
かなり細かくテンポを変えて
人力っぽく聴こえるように頑張った…!!
俺がピアノを弾けたら良かったんだけど。

ソナーみたいなイメージのギターの
ポーンて音や
呼吸音みたいなイメージのノイズや
宇宙の果てや深海の底にいるみたいな
ズブズブズブっとしたノイズや
めちゃくちゃ凝ったなあ。
頭の「メメント」って声の前に
カセットテープを再生したようなノイズを入れたりとか…
作ってるうちにどんどん自分の中でストーリーができていって
ピアノのフレーズも最初とまるで変わったし
凝りだすと止まらないタイプです…
メメントに関しては全てをうちのPCで
ロジックを使って作りました。
これを1音1音ちまちま打ち込んでいったかと思うと
ヒマか!!
と思ってしまうくらい容量の悪い作業だけど…
そして作ってる時はめちゃくちゃ行程がタイトだったので
全然ヒマじゃなく
ほとんど寝ないで作っててトランス状態だったんだと思う。

メメントのピアノは
自分の頭の中に鳴ってる音を思うままに打ち込んだので
多分、人間じゃ弾けない指の数になってる。
誰か、メメント弾いてみた動画
あげてくれないかなあ?

そういえば
頭のメメントって言う子供の声や
途中で出てくる子供の笑い声
あれ、誰の声ですか?って
聞かれたことが一度もない。
言わずもがな、なのかな?
あの声は実はiPhoneで録ってて
そしたらあまりに音が良すぎるので
ちょっとオーバードライブかけて
ラジオボイスっぽく歪ましてるんです。
すげーなiPhone。

みゆきのブログで小林太郎君の話が出てきたけど
あの後何度か一緒にライブをする機会があって
メメントモリも小林太郎君に渡して
そしたら連絡くれて
メメントを30分くらい聴いていたい
っていうくらい好きです
って言ってくれて。
俺もちょいちょい
延々繰り返してメメントを聴いてる日が未だにあります。

たった1分半の
歌もない曲だけど
自分が作ってきた200曲近い曲達の中で
小高芳太朗として好き、とか
LUNKHEADとして好き、とか
ライブでやるのが好き、とか
自分で作った曲として好き、とか
メロディが好き、とか
歌詞が好き、とか
アレンジが好き、とか
いろいろあるけど
トップ3に入るくらい
実は好きな曲だったりします。

[vivo]は自分の中で
世界に訴えたい衝動が溢れるほどあって
ほとんど歌詞を書く時に悩むことがなかった、と
[vivo]の曲のブログで書いたけど
この衝動は[vivo]で出し尽くすんだろうな
ということも思っていた。
(これも書いたか…)
で、本当に[vivo]を作り終わって
すっからかんになってしまって。

自分の中での葛藤があった。
世の中からはどう見えてるのかはわからないけど
[vivo]みたいなアルバムを作って
歳も30代になって
今更また青臭い曲を作っていくのか…?
みたいな。
今聴くと[vivo]もまあ
中二と言われればそうだけど
でも自分の中では[vivo]は
子供を通じて見えた社会に向けて放った
怒りとか憤りとかやるせなさだったり
それでもその手に触れたぬくもりを
決して離さないでくれよっていう願いだったり
祈りだったり
少なくとも自分の中では
それまで歌ってきたような
半径1メートルの世界とは違うテーマがあったので
大風呂敷を広げちゃった後で
何を歌えばいいんだろう?
みたいな思いがあったのです。

で、ある時ぽつっと
明日って明るい日って書くんだなあ、と思って。
30年間生きてきて考えたこともなかった。
明るい日と書いて明日。
明日なんて何が起きるかわからないじゃないか。
真っ暗闇かもしれない。
でも、明るい日で明日なんだなあ。
なんだかガビンときた。

それで出来たのが明日という曲だった。
最初に書いた歌詞は

ビルとビルの隙間に捨てられたみたいな
誰にも期待されない今日が終わる

ってところだったと思う。
ん?いや、サビだったかな?
頭の。
でも割とこの曲のスタートラインというか
ここからこの曲が始まるっていうか
この言葉、めちゃくそネガティブな言葉だけど
なぜか俺はこの言葉が出てきた時に
もう一人の自分が
缶ビールのプルタブをプシュッとして手渡してきて
お疲れ様、まあ一杯やろうや
と言ってきたような
そんな、なにか妙な安堵感を感じた。
とにかく、今日が終わることだけに救われるみたいな日
明日のことなんて考えたくない、みたいな日
誰にも期待されない
ビルとビルの間に捨てられた
ビニール袋だったり空き缶だったり
なんでか洗剤の空き容器だったり
そんなこの世の誰にも必要とされないゴミみたいな
俺の今日だったとしても
俺は俺の今日を生き延びたんだって思うような日
そんな日ないですか?

明日の歌詞は、他は
もう読んでもらったままなので
説明の余地がない。
歌詞が書けた時
ああ、これはもう一生自分のそばにいてくれる曲だし
一生俺はこのままで
ダサくて青臭くて泥臭い曲を作っていけばいいんだ
と思った。
そういう意味でも
青に染まる白が始まった曲でした。

もうちょっと盛り上がる曲になるかと思ったけど
そこまでいかなかった。
どっちかというとテンポの割にマッタリ曲で
(歌詞のせいか…)
なかなかセットリストに入れづらいポジションなので
あまりバンドでやることは多くはない。
けども個人的にはとても大事な曲なので
最近では毎年その年の歌い納めが定番になっている。
(ここ何年もずっとその年最後のライブが弾き語りなので)

なんていうか
気に入っている、とか
よくできた、とかじゃなく
自分の心臓みたいな曲だなあと思う。
だからブサイクだなあと思うし
ダサいなあとも思う。
けれどもとても大事な曲。
とか言うと
こっちは良いと思ってるのに
自分でブサイクとかダサいとか言わないでください!
って意見がたまに来るけど
どんなに周りにイケメンて言われてても
自分で鏡見て
ウーン…俺ってマジイケメン!!!
って言ってる人、なんか嫌じゃないですか?
そのくらい自分自身だし大事な曲ってことです。


明日には実はちょっといわくがあって
俺の弾き語り始まりからのバンドインからのギターリフ
0:15からの。
あれが最初なかったんです。
裏でなってる壮のアルペジオのフレーズが
リフ扱いで
そのままレコーディングして
で、クロスロードの井上さんからミックスがあがってきて
それを聴いてボビーが
なんかもっと象徴的なギターリフがあった方がいい
と言い出したのです。
言い出した、というか
もう言って聞かなかった。
これって、みんなよくわからないと思うけど
ミックスされた音源て
新築の家みたいなもので
たとえギターフレーズが一本足されただけだとしても
設計図から変わっていくので
ミックスダウンされた音源に
新しくギターリフを足すということは
建てたばかりの家を取り壊して
更地に戻して
設計図を書き換えて
新しく建て直す
それくらいのことです。
一曲のミックスにはかなりの時間がかかります。
新しくフレーズを録ってミックスを1からやり直すということは
井上さんのその苦労も無に帰す。
それをボビーはさらりと言う。
曲を、バンドを、ライブを良くするためなら
それ以外のことはどうでもいい。
お金も人間関係も
それでなくなるようなら最初から要らない、みたいな。
結果、誰からも愛される。
今思うとボビーは誰よりもアーティスト気質だったなあ。
でも、ただ投げっぱなすだけで
まあ考えるのは俺じゃないんだけどね!
って無茶ぶりしてくるだけだから
アーティストではないな!
で、俺と山下君でフレーズを考えて
ギターを録り直し
もう一度ミックスし直してもらったというわけです。


あと、家から駅までの間に公園を通るんだけど
(行きつけのベンチがある例の公園)
冬だったなあ
そこを通って家に帰ってた時
本当に風船が飛んでたんです。
頼りなく、ふらふらと。
夕方のちょっと前だったなあ。
ただの風船。なんでもない風船。
だけども俺は
なんだか、頑張れ!と思ってしまった。
あの頑張れ!は
自分に言っていたんだなあ。

あー
今聴き直してて
なんだか泣けてきちゃったなあ。

明るい日と名付けた 暗闇の中でその日を
明るい日と呼んだ まだ何処にもないその日を
届かない日もずっと
叶わない日もずっと


↑このページのトップへ