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自分の好みでほぼ甘みなしの味付けです。
ちょっと沖縄のソーキの味に近いかも。

かつて沖縄に旅していくつかの店で沖縄蕎麦を食べた。その中では大宜味村の前田食堂のそれがとりわけ印象深い。美味しいのはもちろんだけど、ソーキ、三枚肉、テビチがのったボリューミーなものだった。それが700円だったのも嬉しい。たしか三昧そばといったかな。
その三昧そばの味わいに想いを馳せると、連動して思い出す風景がある。大宜味村に行く前、橋を渡って離島に立ち寄った。あいにく快晴ではなく、むしろ空は灰色の雲に覆われていた。それでも島に着くと、雲の合間から強い陽が射しはじめ、目の前の海はエメラルドグリーンに輝いている。そしてその海と雲に挟まれるように、別の離島が青黒い帯のようにのびていた。
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アロヒちゃん3歳、日本の幼稚園に通うネパール人である。この子の家族とは少なからず因縁があり、彼女の母親を幼いころから知っている。
それが大人になり、化粧をするようになった顔を見て、ある動物を連想した。私は彼女にラクーンドッグ(タヌキ)というあだ名をつけた。
それは彼女にとって嬉しいものではないらしく、仕返しのように私に対してフロッグ(カエル)というあだ名をつけてきた。
結婚して子どもを産んでからもラクーンドッグと呼び続けていたら、そのアロヒがまだ言葉を喋る前から「ラクーンドッグ」だけは覚えてしまった。強いてカタカナで表記すれば「ラキドッ」のように発音する。そしてそのラキドッは私を指して言うようになった。私があだ名をつけた当の本人までが私をラクーンドッグ呼ばわりするので、当初は返り討ちにあったような気になっていたが、いまではすっかり自認している。

中1の英語の時間、だれかが
「タヌキって英語で何て言うんですか?」
と質問したのに対し先生はバジャーと即答した。
紅顔の少年が甲を経て厚顔の狸爺いになるまで、タヌキは英語でバジャーだと思い込んでいた。
それがあるとき英語の堪能な女性とタヌキの話題になったら、バジャー? と彼女が怪訝な顔をした。何だったか忘れたけどそんな名前ではないという。で、その場で携帯の辞書で調べて判った。
ではバジャーとは何か? 彼女は知らないという。スペルが判らないので二人して匹敵しそうなものをいくつも打ち込んだら、badgerでヒットした。アナグマのことだったのでる。

キツネ蕎麦とタヌキ蕎麦なら、私はタヌキ蕎麦を好む。つまり油揚ではなく揚げ玉のほうが好きだ。
二十代半ば、仕事で大阪道頓堀近くに一ヶ月間滞在した。昼に出前をとるというので、タヌキうどんと言うと相手がキョトンとしている。
「キツネのこと?」
と意味不明なことを言う。やりとりしているうちに判ったのは、大阪ではキツネもタヌキも油揚を使用し、うどんか蕎麦かでキツネとタヌキを言い分けるということだ。結局あちらで言うところのキツネを頼んだ。なぜ意に反して揚げ玉のうどんを注文しなかったのか、その辺の記憶が曖昧だ。そもそもその店に揚げ玉入りのうどんや蕎麦がなかったのかもしれない。そしてこの揚げ玉という呼び方も関西では一般的ではないと聞いた。
「天かす」だと言われ、当時の私は少し驚いた。

数年前、行きつけの市場食堂の日替わりメニューに「お化け蕎麦」とあった。どんな代物なのかと店員に訊くと、揚げ玉と油揚が入っているんだそうで、キツネとタヌキの化かし合いというのが由来だという。その店の勝手なネーミングではなく、一般的にそう呼ばれているということも教えてくれた。
揚げ玉と油揚をタヌキとキツネと認識するあたり、大阪発ではないな、と推測した。

一年前のこと。
風呂場に入ってイスに腰掛けたとたん尻に激痛が走った。ほんの一瞬パニックに。立ち上がって振り返ると、イスの上で5〜6センチのムカデがうごめいている。
桶の背で叩き殺した。

ネットで猛毒ではないと知り安心、軟膏を塗っただけで済ませた。
近ごろ話題のヒアリとやらは、痛いだけではなく、死に至る場合があるというから恐ろしい。
しかしその点ではスズメバチも同じだと思う。飛行するスピードを考えると、私はむしろスズメバチのほうが怖い気がする。

小学2年のときにスズメバチに刺された。
私はいろんな意味で被害者だ。登下校の道端にスズメバチの巣があった。駆除されずにあたのだから、当時は大人も子どももさほど危機意識を持ってなかったのかもしれない。
ある日の帰り道、上級生の男の子たちがそのスズメバチの巣に石をぶつけているところに遭遇した。ブーンと蜂が飛び出してきた。上級生たちは一目散に逃げてゆく。私のほうにも蜂が向かってきた。逃げようとした瞬間、後頭部を刺された。
一ヶ所だけだったのは不幸中の幸いだったと思う。複数ヶ所刺されていたら命を落としたかもしれない。
私は頭を抱えてしゃがみ込みワーワー泣いた。
そこへやはり上級生らしい女の子が駆け寄ってきた。どういうやりとりがあったのか憶えてないが、蜂に刺された事実は伝えたのだと思う。彼女は私の家まで送ってくれた。お母さんは? と訊かれ、畑行ってる、と答えたのは憶えている。
すると彼女は家に上がりこんできて、薬箱から軟膏をとり出して患部を丹念に塗ってくれた。
その子の顔はまったく憶えてない。その後校内で会った記憶も皆無だから、もしかすると他の学校の生徒だったのかもしれない。
子どもだったとはいえ、お礼をする機会を得なかったのは残念でならない。

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