病院の診察室、学校や塾の三者面談、結婚式のウェディングプランナーとの打ち合わせで、患者が、親が、夫婦がこんなことを言う時代ももうすぐなのかもしれません。「ちなみに、AI(人工知能)は何て言っているんですか?」とか、「一度AIにも相談してみていいですか?」と。
もし私が医者や先生で、これを言われる立場だったら少しヘコむなあと思います。なんか信用されてないような気がして。つまり、AIの圧倒的な賢さには気付きながらも、心の何処かでAIには負けたくないという、自尊心がいつだって残っていくのだと思います。

AIにまつわるディスカッションを行うと、だいたいは「こころ」とか「感情」というテーマがつきものです。しかし、それは人間サイドを有利にするための必殺技みたいなもので、確かめられないもの、目には見えないもので議論を進めても結論はあやふやになったままです。

なので私は人間サイドの擁護するときには、違う点をあげたいと思います。それは人間のもつ「不完全さ」です。人は、しかも不思議なことに歳をとればとるほど、自分の不完全さに気づいていきます。出来ることとおなじくらい、出来ないことにも気づきます。「実るほど頭を垂れる稲穂かな」ということわざもあるくらいですよね。出来ないことを出来ないと言えるのは、成熟した人間らしさの一つなのではないかと思っています。

結局、「AIの意見も聞きたいのですが…」と言われて、ムッとするようではまだまだなのかもしれません。「私は所詮人間ですので、ちょっとAIの意見も聞いてみましょうかね。」なんて言える大人の方がもしかすると信頼されるのかもしれません。もちろんこれは、こんな世界だったらいいなあという私の理想(あるいは甘え)ですけど。しかし、相手もAIですから、「いえいえ私も所詮はAIですから…」と上等な謙遜を学習して、巧みに人の心に入ってくるのかもしれません。

2020年に向けて、あるいは新しい年号の始まりにむけて、日本のリニューアルオープン感が加速しています。日本人らしさが変わっていくと思います。ディスカッションでは不利にたつかもしれませんが、私はそれでも「こころ」を語っていたいなあと思います。
(フリーペーパーeggman 2月号コラム)
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明けましておめでとうございます。
昨年は大変お世話になりました。
今年と何卒宜しくお願いいたします!

今年はできるだけSNSとかブログとか更新していこうと思います!とりあえずいまはレコーディング前なので黙々と作業中です。

それにしてもここ数年、レコーディングって冬にしかしてないなあ。したがって年末年始を心穏やかに過ごせないねえ。終わったら、鹿児島宮崎にちょっと帰ろう。

それでは2019年、皆さまにとって健康で明るく文化的な、良い一年になりますように。
今年も、テスラは泣かない。をご贔屓のほど宜しくお願いいたします。

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すこし前のこと。12月22日。「冬至」でしたので、風呂にゆずを二つ浮かべて入りました。とても良い匂いがして気持ちがよかったです。
毎日湯船にお湯をためて浸かります。
どんなに疲れていても、焦っていても、興奮していても、風呂にはいると気持ちが安らぎます。
だいたいのことは、風呂に入れば解決します。 
シャワーではダメです。風呂です。

中学生のころ、寮にはいっていて、風呂は共同の浴場でした。
思春期の青年の集まりなので、みんな腰にタオルを巻いたまま湯船に浸かっていたので、とても汚かったです。部活あがりですし。
中学一年生が使ってよい体を洗う場所の水道蛇口は8個だけで、その8個は冬になるとお湯が出ません。「丘」と呼ばれる場所でした。
混んでいる時は、自分の名前の書いている桶をその丘の上にどんどん重ねていって、順番を待ちます。他の場所が空いていても「丘」以外の蛇口を使っているのを三年生に見つかったら、最悪です。冬の「丘」は地獄でした。

ひとりでゆっくり風呂に入れるということは、何にも変えがたい幸せなことであることなのです。

12月25日。クリスマス。なんだかサンタクロースがプレゼントでもくれるような気がして、作業を続けるも、成果なし。

12月26日。すこし作業が前進する兆しあり。あわてんぼうならぬ、一日遅れのメリークリスマス。


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