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先週のいまごろ、バンドのリハーサルの開始時間を一時間ばかり間違えて、早くにスタジオに着いてしまった。楽器を置いてスタジオを出て、吸い寄せられるように近くの本屋に入り、吸い寄せられるようにこの本を手にとってレジに持っていった。カートヴォネガット「タイタンの妖女」。
お笑い芸人の爆笑問題の太田光さんが愛読しているということも知っていて、いつか読もうと読もうと思いながら、SFというジャンルにどうも馴染みがなくて、手が出なかった一冊。
今日、自分の誕生日という超個人的記念日に、渋谷にむかう電車の中で最後のエピローグを読み終わったわけで、間も無くいまこれを書いているわけだが、結論、感想を述べるとすると、「もっと早くに読めばよかった」というところ。でも、もしかしかたら今読んだからこんな感想をもったのかもしれないとも思っている。

自分にとって優れた物語というのは、その結末が待ち遠しくなるものではなくて、いつまでもその物語上の時間の流れにプカプカと浮いていたい、そんな気持ちにさせるものかもしれない、と思った。もちろん、それにはすごく高等な技術が必要で、それは壮大な結末や、伏線の回収よりも、難しいことなのかもしれないけど。

物語にはとても純粋で無垢で美しくて切なくいメッセージが含まれていたと思うけど、それについては、また何かの場所で改めて書こう。
なんせ、いまはとても衝動的に文字を並べているし、なんせ、今日はこれから先月台風で延期になった振替公演のライブなので。

今日は私にとってささやかな記念日である。
これから、夜に星空を眺めると、どこかにタイタンを探すんだろう。


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坂口安吾「堕落論」「続堕落論」を読んで、これもまたサルトルの実存主義的なことなのかなあ、と思った。("これも"というのは、これの前に読んだのがカフカ「変身」で、それもそれとて実存主義的だったからです。)

NHKで「100分de名著」という番組があって、youtubeに坂口安吾を読む回があったので、それを見てみると、MCの伊集院光さんが「これってサルトルのいう"自由の処刑"ですよね。」みたいな話をし始めて。「お!やっぱりそうか!」と勝手に嬉しくなった。

実存主義とはなにかというと、簡単には説明できないし、ここで私が言葉を並べたところで確実に誤解を生むのだか、敢えて、無責任に、自分なりに説明すると「自分の本質は自分で決めなきゃいけない」というところだと思う。(もちろん、私なりの解釈であり、本来はもっと複雑です。)

この手の教えというのは、学校の先生や、親もだいたい言うし、世に溢れるポップソングでもよく歌っている。なので、面と向かって、「自分の道は自分で選べ」なんていわれると、「わかってるよ、そんなこと」と悪態をつきそうになる。

でも、私はこの実存主義的なことを遠回しに、物語というフォーマットを用いて語りかけてくるものがとても好きなんだと思う。
それはなぜかというと、自己不在感のせいというか、一体自分が何者なのかということをぐるぐると考える癖に取り憑かれているからに違いない。
簡単にいうと、「いつまでもたっても思春期」で、大人になれない、「頭でっかちのガキ」なのだ。
そして、そういう人たちはものを書きたがる。

坂口安吾や、サルトル、カフカの他にも、カズオイシグロの「私を離さないで」や、映画「Train spoting」も実存主義的だと私は思っている。

そして、このあとに言うのはとても気がひけるのだが、自分が書いた「万華鏡のようだ」と言う曲はいかにも実存主義的だと思う。(ただ、少し遠回しすぎたかもしれない。)したがって「続 万華鏡のようだ」を書く必要があるし、その場合はもっと違った視点で物語を書きたい。
そしてそれが、実存主義を根本的から否定する、あるいはその思想からいよいよ解放されるものでも良いと思っている。
いい加減に大人にならなきゃいけない。

結局、本質なんてものは、空気みたいなもので、そこにはあるけど目には見えない、答え合わせはできないのだ。瓶に詰めて火をつけて、爆発をおこして、「そこには空気があったのだ」といったところで、その時にはもう瓶のなかには曇った煙しか残っていない。そういうものなのだ。




という曲の歌詞を書いたのは、東京上野の美術館にゴッホ展を見に行ったときで、美術館に行く途中も、美術館のなかでも、歌詞があたまのなかをぐるぐる回ってたのを覚えている。去年の冬のはじめころ。

ゴッホはフランスで絵を描いていたけど、シャルリーエブドのことも考えると、これらのことは深いところで線がつながっているような気もする。

私が通っていた中学高校はカトリック系で(自分は特にカトリックではないのだが、教育上の理由で)、外国人のブラザーがたくさんいて、18年前の今日という日は、学校中がザワザワしていた。翌朝にあった全校集会ではメキシコ人の校長がいつもより長いスピーチをしていた。

歴史について私はまだ何も語れない。
私は全くの不可抗力の事に人生を翻弄された経験はまだしたことがないと思っている。
ただ、いま語れるのは、だからといって怠っていけないことが一つあって、それは「想像すること」だとおもう。

remember your old time blues.
2018.9.11
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