信仰は、私たちに逆境の中で希望を見させます。
信仰は、私たちに艱難の中で仰ぎ見を学ばせます。
信仰は、私たちに弱い時により頼みを学ばせます。

聖書のマルコによる福音書9章に、ある父親は悪霊につかれた息子を主イエスの前に連れてきて、癒してくださるように主に求めたと記載してあります。主イエスは悪霊を追い出し、この子供をおいやしになりました。当時主イエスは彼に言われました。「もしできれば、と言うのか。信ずる者には、どんな事でもできる」マルコによる福音書 9:23 主の全能は疑う余地のなく、最も重要なのは、私たちは主にどれほど確信があるかということです。

「モーセが岩を打ち、ヤーウェが授けた水がほとばしり出たのは、モーセの信仰によるものである。ダビデがわたしヤーウェを賛美する音楽を奏でたとき――彼の心は喜びで満たされていたが――それは彼の信仰によるものであった。ヨブが多くの家畜を失い、膨大な家族の財産を失い、体が腫物で覆われたとき、それは彼の信仰があったであった。彼が、わたしヤーウェの声を聞くことができ、わたしヤーウェの栄光を見ることができたのは、彼の信仰によるものであった。ペテロがイエスキリストに付き従うことができたのは、彼の信仰によるものであった。彼がわたしのために十字架に釘づけにされ、素晴らしい証となったのは、彼の信仰によるものであった。ヨハネが人の子の輝かしい姿を見たのは、彼の信仰によるものであった⋯⋯。」
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