生きてるだけで丸儲け


外からの期待、自分のプライド、屈辱や挫折に対する恐怖、逆に圧倒的な富や名声など、

こういったものは私たちが死に直面すれば、全て吹き飛んでいくようなほんのささいなものに過ぎない。


ジョブズは、そういったものを排除して最後に残されるものが本当に大事なことだと言う。



ゴウマンかましてよかですか?



僕は好きなことだけしかやらない。ゴウマンかもしれないけど、才能のない僕には好きじゃない事をやれるだけの時間が残されていないのだ。


人生は何事もなさぬにはあまりにも長いが、 何事かをなすにはあまりにも短い。


いつも心に留めている言葉。僕にはさしたる才能もなければ生まれ持ったアドバンテージもない(日本人に生まれたという事を除き)。
平等にあるのは時間という機会だけ。結果の平等なんてあるわけない。

でも生きてるだけで丸儲けなんだから、何だってできるし怖いものなんてない。
だから僕は好きなこと、好きな人のためだけに残りの日々全てを捧げて生きていく。

そうやって生きていくと 人生はすごい楽でシンプルになる。

僕は今の時点では死ぬことは全然怖くない。みんないつかは通る道だしじいちゃんもばあちゃんも最期は穏やかな顔して死んだし、僕は生きてる時より、きっと楽になるんだろうなって想像してる。

生きてる時の方が死んだ後より圧倒的に短いのだから やりたい事やって生きた証を残そうぜ!

麻央ちゃん 本当よく頑張った。無念だったと思うけど、愛する人のために全力で駆け抜けた人生 僕は誇りに思います。

最後の方は神々しくて僕には本当に菩薩様に見えたよ。

今日は終日死についてずーっと考えていた。

湯ノベーション

本日彼女の訃報に触れ 自分でも想像しなかった哀しみに襲われています。

遺伝やストレスなどガンは複合的な要因で発生するというのは僕も理解しています。湯治が万能だなんて僕も思いません。
ただ、1つ確実に僕が信じているのは人間が持ってる病気にならない力、免疫力は湯治で高められるということ。

投資銀行を辞めて家のガレージ潰して湯治場を始めた時、僕は狂気の沙汰と言われましたが、今ははっきり言い切れます。僕は湯治で世界を救う。

世界のお風呂を洗う時間から整える時間にパラダイムシフトを起こし、みんなに健康寿命目一杯生きてもらう。この使命を胸に僕はこれからも湯治に命を懸けて取り組みます。

ご冥福をお祈り致します。

前回のお金に続き、今回は仕事と幸せについて。

仕事とお金は密接に繋がっているけど、テーマとしては明確に分けておいた方が良いと最近感じているので、仕事について僕なりの考え方をまとめてみようと思います。

そもそも『仕事』の語源を各国で調べるととても面白い事がわかります。

就職雑誌にとらばーゆ というのがありましたが、あれはフランス語の働くにあたるtravail が元で、これはラテン語のtrepalium『拷問の道具』からきているそうです。ちなみにアルバイトはゲルマン語のarba『下男、奴隷』が語源だそうです。
つまり、西洋の価値観では仕事は罰の対象でやらされるものだったという事ですね。ちなみに英語の労働という意味のlabor は『苦痛』または『陣痛』という意味でも使われ、神様は男性には労働を、女性には陣痛を罰として与えた、と言われているそーです。

転じて日本は『仕事』、つまり事に仕えるという意味で拷問でも奴隷でもなく、『他』のために動く、仕えるという価値観だったのです。誰かに言われて罰や命令としてやるものではないという事です。これは面白い考え方の違いだなぁ。

閑話休題。
これまでに僕は日系上場企業1社、米系非上場1社、米系と英系の上場企業をそれぞれ1社経験したあと、今の会社を創業しました。
起業を除いてどの会社も待遇面では同世代より恵まれていたと素直に思うけど、仕事を選ぶ基準はそこではなくて

『誰と仕事したいか』

の一本でした。もうこれに尽きる。転職の基準はそこで出会った人に惹かれたかどうかだけだったし、仕事の内容とか会社組織なんてのはサラリーマンである以上、そこのルールの範囲内でやるのは当たり前だし、変わって行くものだから大した事ではない。
でも一緒に働く仲間は 喜怒哀楽を分かち合う存在ゆえ、その人が魅力ないと、どんないい仕事してもそれだけで テンションがガタリと落ちるわけです、特に僕の場合。


僕はかつて一度上司を自分で選ぼうとして組織にケンカを売った?事があります。
諸事情で僕のチームヘッドがいなくなってしまったあと、シンガポールにいるアジアのトップが外部から人を採用しようとしている事をヘッドハンター経由で知ったのですが、候補者の人を知っていた僕はどうやっても賛成できなかったのです。理由はいくつかあったのですが、とにかく僕は東京の事情や反対の理由を合理的に伝え、採用しないよう訴えました。仕事は仲良しクラブではないから好き嫌いとかそんな事はどうでも良くて、とにかくビジネスとしてスケールしないし、会社のブランドを下げると明確に伝えたのですが、上からは単に嫌がってるくらいにしか理解されなかった。

だから当然僕の意見はスルーされその方が私の上司になることになったのだけど、僕は圧倒的に納得しなかったから会社にわかりやすい形で抗議をしようと密かに計画を立てた。
その上司がいた同業企業に自らアプローチをし、彼の試用期間が終わる3ヶ月後を目処にそこに転職をしたのだ。つまり私と上司のスワップ。
もし自分の方が会社にとって有用だと思われたら僕を引き留めてくれただろうけどそうならなかったから、まぁ僕も大して必要な人材じゃなかつたって事で 笑。


この転職が前にも後にも自分の意志とは異なる唯一の会社の選び方になったのだが、結局7ヶ月程で僕の上司はそこをクビになった。結果的に僕の意見は正しかったという事が証明されたのだけど、ふと我に帰ると何のための転職だったんだろうと(。-_-。) 
体張ったギャグみたいになってしまった。

色々と理由は並べてみたものの つまるところ僕が反対した理由は

『この人と成功や失敗の感情を共有したいか』

結局これだけでした。

生きるために仕事をするという本質的なテーマはあるにしても、サラリーマン時代の僕にとって仕事とは、そこに関わる仲間たちやお客さんが好きでその人のためならどんなことでもやれるかと言うのが極めて大切だったんだなと思います。
ルフロの仲間たちと僕は成功の喜びを早く分かち合いたいなーと。

湯ノベーション!

つづく

↑このページのトップへ