月別アーカイブ / 2015年01月

昨日、公開された小説『壁の鹿』

初めて本格的な小説を書きました。

こうして、公開できる日が来ると嬉しいものですね。

もちろん、緊張もあるけど。


壁に掛かっている鹿の剥製が話し始める、という話です。

鹿の剥製との対話を経て、人間が再生して行く様子を描いています。

今回は、短編小説が2話公開されます。

鹿の剥製はどちらにも登場しますが、それぞれの話は違う人物を主人公にした物語です。


1話目の舞台は、とある女子校の寄宿舎。
変わりばえしない人間関係と、閉鎖的な環境の中で、少女達は何を思いながら生きているのか。

第1話は、正直苦労しました。

筆が進まないとか、そういう種類の行き詰まりでは無く、自分の内部に潜る作業が結構キました。

自分の中の、秘密や、冷酷さ、弱点や、嫌いなものについて、深く掘り下げて考えなくてはならず、黒木渚の強靭なメンタルを持ってしても、なんかぐったりしたな。(笑)

それでも、やって良かったと思う。
向かい合った分、作品は人間臭さを増した気がするし。
脳みそ切売りしてるようなもんだな。

対する2話目は、書くのがとても楽しかった。

恋愛絡みの話題もあったり、喜劇みたいな部分もあって、こちらは愉快に進みました。

1話目は、書くのに20日もかかったのに、2話目の執筆期間は2日でした。

10分の1(笑)
スピードのムラがすごい。

それでも、何とか書き終えて、こうして皆さんに公開できるのがとても嬉しい。

どうか皆さんを楽しませる作品でありますように。

小説書いてみて、作曲にも良い影響があったなと、しみじみ感じてます。

勉強のために今まで以上に本を読んだりもして、養分がまた蓄えられたし。

面白いもの、たくさん作れるといいな。

壁の鹿は、1月21日リリースの『虎視眈々と淡々と』のCDに入っているQRコードから、特設ページに飛んで読むことができます。

是非、みなさん読んでみて下さい。就寝前や、移動のお供に。

しおり機能もあって、コツコツ読む派の人も安心だよ。

こんばんは。渚です。
1月21日の「虎視眈々と淡々と」リリースに先駆けて、着々と準備が進んでおります。

たくさん情報も解禁されたので、まとめてご紹介。

まず、「特設サイト」がオープンしました!

http://www.kurokinagisa.jp/koshitan

ロングインタビューも掲載されていますので是非チェックしてね。


そして、新曲「虎視眈々と淡々と」がタワーレコード新宿店さんで視聴できるようになりました。

更に、シングルに入っている全4曲の歌詞を歌ネットさんで先行公開!

1月21日の発売日まで待ってられない!という皆さん、是非チェックしてみて下さい。

歌詞ごとにイイネボタンがあるので、ぜひイイネお願いします。

http://www.uta-net.com/search/?Aselect=1&Bselect=3&Keyword=%8D%95%96%D8%8F%8D&sort=6


さらに、このシングルのリリース日に、黒木渚ライブDVD「革命がえし」が同時に全国リリースされます!

これまでは、ホームページからの通販限定だったのですが、全国リリースということで、まだゲットしていない皆さんの所にも、是非届いて欲しいなと思っています。

http://www.amazon.co.jp/「革命がえし」ツアーファイナル渋谷公会堂2014-DVD-黒木渚/dp/B00N1UMBLM

それから!黒木渚全国ワンマンツアー「虎視眈々と淡々と」の二次先行予約がスタートしました!

本日1月12日(月)23:59まで!
http://eplus.jp/koshitan-hp2/

3/28(土)仙台enn 2nd
4/11(土)東京グローブ座
4/19(日)大阪JANUS
4/26(日)名古屋ELL
5/3(日)福岡 DRUM Logos

各地のみなさんに会えるのを本当に楽しみにしています。
改めて、黒木渚らしいワンマンライブを作りたいと思いますので、是非会場で会いましょう。


そしてこちらは、北村監督とのMV撮影のメイキングです。裏側をお見せします。

先日、Twitterにこのようなメッセージが。

「学校の先生になるか、それ以外の道を選ぶか迷ってます。渚さんは教師資格あるのに他の道(市役所)を選んだのはなんでですか?
あと、市役所勤務から音楽一本で行くって決めたとき不安なかったですか?
将来のことでたくさん悩んでます。(TーT)」


就職や転職は、人生のターニングポイント。
この時期、悩んでる人も沢山いると思います。

私の話で良ければ参考までにお話ししましょう、と約束していたのでブログに書きます。
(遅くなってごめんね!)

まず、私は英語の教員免許(中・高・専修免許)を在学中に取得しています。
しかし、教員の道を選ばなかったのは、自分に向いていないと思ったからです。

学校の先生という仕事は、本当に大変です。
本気の志と、教育への情熱がなければ、続けることは非常に難しい。

学生時代に、私は家庭教師のバイトをしていたんですが、ある日、教え子にズバリ言われてしまいました。

生徒「私ね、思うったい。黒木先生は、学校の先生に向いとらんよ。」
渚「え?なんでー?」
生徒「黒木先生は生徒のこと、叱れんやろ?だから舐められると思うったい!」
渚「・・そっ・・・そうやね・・・。」

子供は時々、本質を突いてくる(笑)

そんな私は、市役所の試験を受け、地方公務員になりました。
同時に音楽活動もしており、仕事が終わればスタジオに入り、土日はツアーで各地を回るという生活をしていました。

一年ほどそんな時期を送っていましたが、そのうち私の中で音楽に対する思いが変化し始めました。
それは、「趣味」という領域を遥かに超えて、私の存在意義になりつつありました。

二足のわらじで上手くやって行けるほど器用でもないので、意を決して辞表を提出し、音楽家になりました。
もちろん、周りの反対は凄まじかったです。家族も不安そうだったし、とても心配していました。

誰にも相談せずに、自分で決めてしまったことを考えれば、深い所では迷いなんて無かったのかも。
でも、職場の人にも迷惑は掛かるし、安定した生活も無くなるし、その他色々な考えが表層上では入り混じっていました。

大学院を卒業するまで、わりと真面目に歩いて来たと思うんです。
寮生活をしていた私には反抗期すら無かった。
勉強だってちゃんとしたし、非行はおろか、カンニングすらせずにやって来たのよ。

が!ここへ来て急に何かが爆ぜた(笑)

黒木渚初めての反抗。
人生というか、宇宙意思みたいなもんに対しての反骨精神だったと思います。

このまま平和に終わらせてる場合じゃないんだよ!
私の人生くらい自分で決めさせろ!

と、言うことで今の生活になっています。

社会人としての時期があったのを今ではありがたく思っています。
音楽家は音楽家で難しいことも、意外と地味で事務的な作業(時間だけがやたらと掛かるような)もあります。

結局、どんな職業だって真剣にやろうと思えば同じ様に大変なんだと思います。
どうせ大変なんだし、自分がやりたいものを選ばなくちゃ。

自分が教師に向いていないという見極めや、公務員を辞めてまで音楽に掛けるという決断が本当に正しいものだったかどうかは分かりません。
というか、それを「正しかったー!良かったー!」と言える様にするのは、他でもない私なんだと思います。

結果、何も実らなかったとしても、その後、私は気持ち良く生きていけます。

不安を伴う、大きな決断をする時、方法は二つしかありません。

「とことん勇敢になる」、もしくは「とことんバカになる」のどちらかです。

参考になったか分からないけど、とりあえず黒木渚が黒木渚になるまでのお話でした。

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