先日、Twitterにこのようなメッセージが。

「学校の先生になるか、それ以外の道を選ぶか迷ってます。渚さんは教師資格あるのに他の道(市役所)を選んだのはなんでですか?
あと、市役所勤務から音楽一本で行くって決めたとき不安なかったですか?
将来のことでたくさん悩んでます。(TーT)」


就職や転職は、人生のターニングポイント。
この時期、悩んでる人も沢山いると思います。

私の話で良ければ参考までにお話ししましょう、と約束していたのでブログに書きます。
(遅くなってごめんね!)

まず、私は英語の教員免許(中・高・専修免許)を在学中に取得しています。
しかし、教員の道を選ばなかったのは、自分に向いていないと思ったからです。

学校の先生という仕事は、本当に大変です。
本気の志と、教育への情熱がなければ、続けることは非常に難しい。

学生時代に、私は家庭教師のバイトをしていたんですが、ある日、教え子にズバリ言われてしまいました。

生徒「私ね、思うったい。黒木先生は、学校の先生に向いとらんよ。」
渚「え?なんでー?」
生徒「黒木先生は生徒のこと、叱れんやろ?だから舐められると思うったい!」
渚「・・そっ・・・そうやね・・・。」

子供は時々、本質を突いてくる(笑)

そんな私は、市役所の試験を受け、地方公務員になりました。
同時に音楽活動もしており、仕事が終わればスタジオに入り、土日はツアーで各地を回るという生活をしていました。

一年ほどそんな時期を送っていましたが、そのうち私の中で音楽に対する思いが変化し始めました。
それは、「趣味」という領域を遥かに超えて、私の存在意義になりつつありました。

二足のわらじで上手くやって行けるほど器用でもないので、意を決して辞表を提出し、音楽家になりました。
もちろん、周りの反対は凄まじかったです。家族も不安そうだったし、とても心配していました。

誰にも相談せずに、自分で決めてしまったことを考えれば、深い所では迷いなんて無かったのかも。
でも、職場の人にも迷惑は掛かるし、安定した生活も無くなるし、その他色々な考えが表層上では入り混じっていました。

大学院を卒業するまで、わりと真面目に歩いて来たと思うんです。
寮生活をしていた私には反抗期すら無かった。
勉強だってちゃんとしたし、非行はおろか、カンニングすらせずにやって来たのよ。

が!ここへ来て急に何かが爆ぜた(笑)

黒木渚初めての反抗。
人生というか、宇宙意思みたいなもんに対しての反骨精神だったと思います。

このまま平和に終わらせてる場合じゃないんだよ!
私の人生くらい自分で決めさせろ!

と、言うことで今の生活になっています。

社会人としての時期があったのを今ではありがたく思っています。
音楽家は音楽家で難しいことも、意外と地味で事務的な作業(時間だけがやたらと掛かるような)もあります。

結局、どんな職業だって真剣にやろうと思えば同じ様に大変なんだと思います。
どうせ大変なんだし、自分がやりたいものを選ばなくちゃ。

自分が教師に向いていないという見極めや、公務員を辞めてまで音楽に掛けるという決断が本当に正しいものだったかどうかは分かりません。
というか、それを「正しかったー!良かったー!」と言える様にするのは、他でもない私なんだと思います。

結果、何も実らなかったとしても、その後、私は気持ち良く生きていけます。

不安を伴う、大きな決断をする時、方法は二つしかありません。

「とことん勇敢になる」、もしくは「とことんバカになる」のどちらかです。

参考になったか分からないけど、とりあえず黒木渚が黒木渚になるまでのお話でした。