人間の歴史の中でインターネットは新参者であるにもかかわらず、一時代を築いて発展させていっているのだから、やはりこれについて学ぶことは重大であろう。


といった所感を携えながらこの授業、《情報リテラシー論》を履修したわけだが、いかんせん掴みともいえる内容と、縄文時代から現代までの軽い解説にも似た1時間半だったので何を書けばいいのかいまいち分からない、というのが今週の大きな感想。
そう言っていてもレポートは進まないのでとりあえず振り返りの備忘録がてら
人類史に交えながら、なにかしらを小さく示して行く。



先ず1993年4月30日に人類初ウェブサイトが公開されたこと、それが今のものと比べ物にならないほど簡素なものであることを学んだ。
人類がかつて粘土板やパピルスに情報を書き落としていた時代のことを鑑みると、全人類がアクセスできる0と1で構成された伝達媒体の時点で文明の進化って感じ。

また日本国内だけでも2015年の段階で人口の83%はインターネットを利用しているらしく、現在でも80%近くではありそうではある。
97年の段階では国民の10%も使っていなかったものがここまでバズるのは凄まじく、教育やコミュニケーションに於いてもこれまでの倫理観や歴史の中の作法を模倣していては、辻褄の合わないことも多そう。

また利用率が上がるにつれて回線速度は歩きがロケットに、トラフィック量は田舎の朝6時から終末の目抜き通りに。
近代ロケットの父と言われているロバート・ゴダードもビックリの業である。

ネットとテレビの利用率が重なった時は、かつて神器と言われたテレビは優位に立っていたつもりなので、新参のインターネットの普及は余程のインシデントだったのだろう。
昨今では右や左のボロが多く出る、芸人の失言が多くある、それを広く遍く伝えるテレビという媒体より、自分から必要な情報を見に行くインターネットのほうが流行り、テレビはそれに媚を売りつつある。
これは歴史上近い事象がないため、インターネットという文化圏独自の現象だろう。

またWEBブラウザ内でも戦争が起きたそうだが、よく分からなかったしそこまで興味もないので委細は書かないことを明示しておく。

芸能人が書いたブログに素人がコメントをし、そこから結婚した話を見る限り、もはやインターネットは外部の機器というより、人間の一つの器官のようにも思える。



ポルポトが見たら憤死しそう。