月別アーカイブ / 2020年04月

岡江久美子さんが亡くなりました。
彼女は、私が脚本を書いた連続ドラマ「妻の卒業式」でご一緒し、ヒロインを演じてくださいました。

女優さんには男っぽい方も多いのですが、岡江さんはとにかく明るく元気ではっきりものをおっしゃる方で、とても好感を持ちました。
ドラマ撮影中に、スタジオの隅でいろいろと話をしました。話はドラマのことから美容にまで及び、最後は大笑いになるほど  盛り上がりました。
「やっぱり、名前が同じ"久美子"だからかなあ」
私には気が許せると言ってくださった時の言葉です。

ドラマでご一緒した俳優さんとは、どこかで「戦友」のような思いがあります。
その方がまた亡くなってしまった。しかもこんな形で。

寂しく、無念でなりません。
ただただ、ご冥福をお祈りします。


皆様、いかがお過ごしですか?
大変ですね……としか言いようのない毎日ですが、無事に過ごしておいででしょうか?

私は、以前も書きましたが、物書きであるということは、つまり基本は家が職場であり、やることは同じ。
ただ、原稿を書く日々です。
ただ、もちろん変化はあり、今書いているものが果たして世の中に出るのか、という不安はあります。

同業者と言うべき俳優さんたちはもっと悲惨で、ただ家で自粛の毎日。
仕方がないので断捨離を決行しているという方もいらっしゃいました。


それにしても、私は毎日、怒りを覚えております。
政府の対応についてです。

自粛を求めるなら、生活が困らない安心材料を国民に示してほしい。
10万円の給付も手を上げた人にだけとはなにごとでしょう。
今の政府は、経済のことばかり考えています。
国民の命と生活がかかっている、今、この時に、です。
そもそも、私たちの税金は、政府に預けているものであり、こうした時に使われるべきものです。

しかも自分たちの報酬の二割カットとは、ふざけないでもらいたい。
カットしたところで、彼らには少なくとも4000万円弱の年収があるのです。
暮らす場所を追われ、生活が破綻しかけている人もいます。
皆が不安になっているなかで、自分たちは生活の不安のない中での政策、熱がこもるわけがない。

国民を想う、共感力のなさ。
リーダーの強い意思のなさ。
すべてが露呈しています。

しかし、こうした有り様を放置してきたのは我々国民の責任でもあります。
日本人はおとなしい国民。
「お上」の言うことに黙って従うことに、どこかで慣れています。
でも、おかしいものはおかしい!

なんてことを考える毎日。
でも、一方でよいこともありますね。
とにかく、自分自身と向き合えること。
外に外にと向いていた気持ちが自分自身に戻ってくるような気がします。

これまでやり過ぎたことはないか?
つき合いも、仕事も。
そんなことを考えるチャンスととらえることで、コロナ生活は大いに変わるとも思います。


世の中、新型コロナウイルス一色ですね。
まさか、ここまでの騒ぎになろうとは思いもよりませんでした。

私は、そもそもが家で仕事をする作家稼業なので、毎日外に出て行く必要はありません。
それでも、打ち合わせも延期、講演も延期、聖火ランナーをやる予定だったのですが、これも当然来年に延び、と、やはりそうは言っても影響はかなりあります。

皆さんも、お仕事やプライベートで、かなりのストレスを強いられていらっしゃることと、ご推察します。
ともかく、気持ちを強く持って、乗り切るより他に手立てはありませんね。

ただ、先が見えないというのはやはりなんとも言いがたく、私も今年の12月に予定されている舞台が、まさかこれまた延期や、悪くすると中止になんてならないかなと思いつつ、原稿を書いているところです。

コロナに感染しない方法としては、やはり、気をつけて行動することはもちろんですが、とにかく、栄養をつけ、しっかり睡眠を取り、そして、「笑う」ことだと思います。

笑いというのは、これはもう暮らしに欠かせないものだと思いますが、笑えないこんな時期だからこそ笑って過ごしたいと考えています。
なにより、気分が晴れるし、間違いなく免疫力がアップします。

私は恥ずかしいほどの「笑い症」です。
ちょっとしたことがおかしくて面白くてなりません。

生きていれば、それはもうつらいことは山のように押し寄せてきますが、それでも、クサっていても仕方がないと、日々、笑いながら生きています。
いまや、すべての回路が、笑う方に笑う方にと動いてしまい、笑わずに過ごすことが難しいほどです。

いまだにドリフターズの再放送を見ては大笑いしていた私には、志村けんさんが亡くなったというニュースは皆さん同様、非常に淋しいものがあります。
それでも、志村さんは、お茶の間に笑いを届け続けた方。
道半ば、無念の死だったでしょうが、それでも、一方で、コロナに対する緊張感を人様にお届けする、なんて、最後の素晴らしい幕引きになったと、どこかで満足していらっしゃるような気もします。

一度だけ、テレビ局のカフェでお見かけしたことがありますが、とても寡黙な印象で、少しばかり驚いた憶えがあります。
同時にプロフェッショナルらしい一面でもあるな、と感じました。

ただただ、ご冥福をお祈りしたいと思います──。


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