いや、正確には、俺が勘違いされやすい。


もう何年も前になるが、こんな会話をしたことがある。

「俺は、ELLEGARDEN(エルレガーデン)が大好きでさ、青春といえばエルレ。みたいな。

高校生の時にバンド始めた時は、自分が歌うとか微塵も思ってなかったから、ギタリストとしてバンドマンになったんだけど、

細美さんがあまりにもかっこ良すぎて、憧れすぎて、細美さんになりたくてボーカルになりたいって思ったんだよね。

だけどいざなってみると、俺は細美さんにはなれないって気付いちゃって、自分がなれるスタイルを探して今のスタイルなんだよね。」

ってこと。

そしたら、

やりたいことを諦めるなんて!
やりたくないことをやってるなんて!

という素っ頓狂なことを言い出した。


へ??????


である。


ピッチャーに憧れて野球始めたけど、
一番向いてるのがキャッチャーで、キャッチャーに転向した場合にもそれを言うのかな?


ダウンタウンに憧れて芸人を目指したけど、
一番向いてるのが放送作家で、舞台には立たずに裏からお笑いを届ける道を選んだ人にもそれを言うのかな?


表面的な事でしか物事を判断できないから、
そう言う思考になるんだよな。


重要なのは、

「自分の気持ちを音楽に変換して歌い、届ける」
「野球で最高のプレーする」
「みんなをお笑いで楽しませる」

って言う本質のところであって、
それ以降はあくまでも手段の話なんすよ。


それと同じく、
「バンドマンらしい、バンドマンっぽい活動」に憧れすぎてるバンドマンが多すぎる気がするよ。


もし、「バンドマンになりたい」という動機で音楽を始めて、
今も「バンドマンっぽいバンドマンでいたい」という気持ちが根幹で、本質なのであればそれで大いに結構だ。

むしろ清々しい。


でも、僕は始まりこそ「あの人みたいなバンドマンになりたい」という憧れが動機ではあるが、

音楽をやる中で
「自分が作る音楽を自分で歌って発信したい」
「自分だからこそできる発信を見つけたい」
「音楽が愛しすぎるから一生ミュージシャンでありたい」

という気持ちが核になった。

そして、

「音楽を通して出会った人たちが戻りたくなった時に戻れる場所でありたい。ずっと。」

音楽をやっている本質はここだ。

それ以外は手段でしかない。

だから、俺は「バンドマンっぽい活動」という考えが根底にある行動には全く興味がない。

そこを見て、

なんだか変な活動してんなとか、
のんびりまったりやってるよねとか、
楽しめる範囲でやってていいねとか。


へ???????


である。


節穴どもめ。

お前らよりも音楽への愛は1億倍深いわ。
浅はかな価値観で俺の野望を値踏みするな。


絶対に売れたい。
絶対に売りたい。

メラメラ。


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